先刻さき)” の例文
先刻さきに干したる湯呑の中へ、吸子の茶の濃くなれるを、細く長くうつしこみて、ぐっと一口飲みたるが、あまり苦かりしにや湯をさしたり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
絵師の家の主人が出て木戸の錠をおろして出掛けて行つた。先刻さき女客をんなきやくの行つたと同じやうにまた石段からぐ隠れてしまつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
心得ましたと先刻さきより僕人部屋おとこべやころがりいし寺僕おとこら立ちかかり引き出さんとする、土間に坐り込んでいだされじとする十兵衛。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すると池の上で先刻さきがたの鶺鴒が一声いて向うの岸に飛んで行くのである。二郎は、その鶺鴒の下りた林の方に目を移して又考え込んでしまう。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
きとほるやうに蒼白あをじろきがいたましくえて、折柄をりから世話せわやきにたりし差配さはいこゝろに、此人これ先刻さきのそゝくさをとこつまともいもとともうけとられぬとおもひぬ。
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
案事あんじけれどもお菊がなさけひかされて毎夜々々通ひはなすものゝ何時もとまる事なく夜更よふけて歸りけるが今夜も最早もはや丑刻やつすぎ頃馬喰町へぞ歸りける然るに先刻さきより樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
去るほどに三匹の獣は、互ひに尽す秘術剽挑はやわざ、右にき左に躍り、縦横無礙むげれまはりて、半時はんときばかりもたたかひしが。金眸は先刻さきより飲みし酒に、四足の働き心にまかせず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
つい先刻さきほどまで、このごろ静子と一緒に寝ることになっているお今が、枕頭まくらもとに明りをつけて、何やら読んでいたのであったが、それもそのころにはもう深い眠りに陥ちていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
路も先刻さきよりはひらたくなって、真白に草と木の間をつらぬいている。ある所には大きな松があった。葉の長さが日本の倍もあって色は海辺うみべのそれよりも黒い。ある所は荒れ果てた庭園のていに見えた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「東京警備一般警報第二号!」先刻さきほどの将校の声がした。「発声者は東京警備参謀塩原大尉。唯今より以降いこう、東京地方一円は、警戒管制を実施すべし。東京警備司令官陸軍大将別府九州造。終り」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さても鳩ら先刻さきにせる姿を改め
おりからしとやかに戸を排して、静かにここに入り来たれるは、先刻さきに廊下にて行き逢いたりし三人の腰元の中に、ひときわ目立ちし婦人おんななり。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
透きとほるやうに蒼白きがいたましく見えて、折から世話やきに來て居たりし、差配が心に、此人これ先刻さきのそゝくさ男が妻とも妹とも受とられぬと思ひぬ。
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
酒の廻りしためおもて紅色くれないさしたるが、一体みにくからぬ上年齢としばえ葉桜はざくらにおい無くなりしというまでならねば、女振り十段も先刻さきより上りて婀娜あだッぽいいい年増としまなり。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わたしは先刻さきから眠くてならない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
先刻さきに赤城得三が、人形室を出行いでゆきたる少時しばらく後に、不思議なることこそ起りたれ。風も無きに人形のかずき揺めき落ちて、妖麗あでやかなる顔のれ出でぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たゞしまでに浮世をば思ひ切りたる身としては、懐旧の情はさることながら余りに涙の遣る瀬無くて、我を恨むかとも見えし故、先刻さきのやうには云ひつるなり
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
娘は先刻さきの涙に身を揉みしかば、さらでもの疲れ甚しく、なよなよと母の膝へ寄添ひしまゝ眠れば
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
地にまろびてようようち、力無ければ争い得ず、悄然しょうぜんとして立去るを、先刻さきより見たる豆府屋は、同病相憐の情に堪えず
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
娘は先刻さきの涙に身をみしかば、さらでもの疲れ甚しく、なよなよと母の膝へ寄添ひしままねぶれば
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
夫の膝を右の手で揺り動かしつ口説くどけど、先刻さきより無言の仏となりし十兵衛何ともなお言わず、再度ふたたび三度かきくどけど黙黙むっくりとしてなお言わざりしが、やがてれたるこうべもた
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その佃煮つくだにけつけたときは……先刻さき見着みつけたすこしばかりの罐詰くわんづめも、それもこれ賣切うりきれてなんにもなかつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
むすめ先刻さきなみだみしかば、さらでものつかはなはだしく、なよ/\とはゝひざ寄添よりそひしまゝねぶれば
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
反響ひゞきのみは我が耳に堕ち来れど咳声しはぶき一つ聞えず、玄関にまはりて復頼むといへば、先刻さき見たる憎気な怜悧小僧こばうずの一寸顔出して、庫裡へ行けと教へたるに、と独語つぶやきて早くも障子ぴしやり。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
満堂ひとしく声をみ、高きしわぶきをも漏らさずして、寂然せきぜんたりしその瞬間、先刻さきよりちとの身動きだもせで、死灰のごとく、見えたる高峰、軽く見を起こして椅子いすを離れ
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
反響ひびきのみはわが耳にち来れど咳声しわぶき一つ聞えず、玄関にまわりてまた頼むといえば、先刻さき見たる憎げな怜悧小僧りこうこぼうずのちょっと顔出して、庫裡へ行けと教えたるに、と独語つぶやきて早くも障子ぴしゃり。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此人これ先刻さきのそそくさ男が妻ともいもととも受とられぬと思ひぬ。
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
先刻さきより我知らず悲しくなりしを押耐おしこらえていたりしが、もはや忍ばずなりて、わッと泣きぬ。驚きて口をつぐみし婦人おんなは、ひたとあきれしさまにて、手も着けでぞみまもりける。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
曲りたるもの、すぐなるもの、心の趣くままに落書したり。しかなせるあいだにも、頬のあたり先刻さきに毒虫の触れたらむと覚ゆるが、しきりにかゆければ、袖もてひまなくこすりぬ。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
曲りたるもの、すぐなるもの、心の趣くままに落書らくがきしたり。しかなせるあひだにも、頬のあたり先刻さきに毒虫の触れたらむと覚ゆるが、しきりにかゆければ、そでもてひまなくこすりぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「どうも姉様ねえさん難有ありがとう。」車夫は輪軸を検せんとて梶棒を下すを暗号あいずに、おでん燗酒かんざけ茄小豆ゆであずき、大福餅の屋台みせに、先刻さきより埋伏まいふくして待懸けたる、車夫、日雇取ひようとり、立ン坊、七八人
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渠は先刻さきにいかにしけん、ひとたびその平生をしっせしが、いまやまた自若となりたり。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お前さま先刻さきのほど、血相けっそうをかへてはしつた、何か珍しいことでもあらうかと、生命いのちがけでござつたとの。良いにつけ、悪いにつけ、此処等ここら人の土地ところへ、珍しいお客様ぢや。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それも心細く、その言う処を確めよう、先刻さきに老番頭と語るのをこの隠れ家で聞いたるごとく、自分の居処いどころ安堵あんどせんと欲して、立花は手を伸べて、心覚えの隔ての襖に触れてた。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤大名の城が落ちて、木曾殿打たれたまいぬ、とどぶの中で鳴きそうな、どくどくのあわせつま、膝を払って蹴返した、太刀疵たちきず、鍵裂、弾疵たまきず、焼穴、あられのようにばらばらある、なりも、ふりも、今の先刻さき
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また先刻さきに便所よりあらわれしお丹といえる女乞食、今この処に殿しんがりせり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)