仇気あどけ)” の例文
旧字:仇氣
そして、仇気あどけなく眠っている女をのぞき込み、その顔だちをうかがいながら、好意のない眼でながめていると、彼女は彼の視線を感じた。
「ええ。」と仇気あどけなくかくさず、打明けてすがり着くような返事をする。梓はこの声を聞くと一入ひとしお思入って、あわれにいとおしくなるのが例で。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無精で呑気のんき仇気あどけない愛嬌があって、たおやかな背中つきで、恋心に恍惚しながら、クリストフと自分との部屋の境の扉を一旦締めたらもう再び開ける勇気のなかったザビーネ。
アンネット (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
はたの目で痛ましく思うほどではなく、それをいやがらない子もあり、まだ仇気あどけないおしゃくの時分から、抱え主や出先のねえさんたちに世話も焼かさず、自身で手際てぎわよく問題を処理したお早熟ませもあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お鶴はすずしい目を下ぶせに、真中まんなかにすらりと立って、牛頭馬頭ごずめずのような御前立おんまえだちを、心置なく瞰下みおろしながら、仇気あどけなく打傾いて
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔の下部は円形まるがたで、フィリッポ・リッピの描いた処女のような、仇気あどけない真面目まじめさをそなえていた。顔色は少し曇っていた。
ただし遣方が仇気あどけないから、まだ覗いているくだんの長屋窓の女房かみさんの目では、おやおや細螺きしゃごか、まりか、もしそれ堅豆かたまめだ、と思った、が、そうでない。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年老いたルイザは、雪がけて湿ってる息子むすこの腕の中で、身をもがいた。そして子供のような仇気あどけない笑いをしながら、「大馬鹿ばかさん!」と彼を呼んだ。
と原抜きにして、高慢に仇気あどけなく高声で呼ぶ、小児の声が、もうその辺から聞えそうだ、と思ったが、出て来ない。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薔薇ばらや小川や雉鳩きじばとつばめなどとの、仇気あどけない馬鹿げた対話、または、次のようなおかしな問い——野薔薇に刺がなかりせば、——老いたる良人と燕は巣を作りしならば、あるいは
黄金のようなその光線ひかりを浴びると、見る見る三輪ともぱっと咲いた、なぜでしょう、といって、仇気あどけなく聞かれた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼻は太く、歯並みやいやしく、清楚せいそなところが少なく、ただ眼だけは生き生きとしてかなり敏捷びんしょうで、また仇気あどけない微笑をもっていた。彼女はかささぎのようによくしゃべった。彼も快活に答えをした。
わたい達引たてひくからいわ、」といって蝶吉は仇気あどけない顔に極めて老実な色を装った。梓はこれを聞いて、何か気がさしたような様子であったが、わらいに紛らして
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼻のたかい、目の鋭い、眉の迫った、額の狭い、色の浅黒い、さながら悪党の面だけれども、口許くちもとばかりはその仇気あどけなさ、乳首を含ましたら今でもすやすやとそうに見えて
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と火鉢の縁にひじをついて、男の顔をながめながら、魂の抜け出したような仇気あどけないことを云う。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「きっとあの私が生命いのちに掛けましても、お目の治るようにして上げますよ。」と仇気あどけなく、しかも頼母たのもしくいったが、神の宣託でもあるように、若山の耳には響いたのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と投げたように言いながら、と、両手を中へ、袂を探って、肩をふらりと、なよなよとその唐織の袖を垂れたが、ひんを崩して、お手玉持つよ、と若々しい、仇気あどけない風があった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは、それは愛々しい、仇気あどけない微笑ほほえみであったけれども、この時の教頭には、素直に言う事をいて、御前おんまえさぶらわぬだけに、人の悪い、くみし易からざるものがあるように思われた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
緋鹿子ひがのこ背負上しょいあげした、それしゃと見えるが仇気あどけない娘風俗ふう、つい近所か、日傘もさず、可愛い素足に台所穿ばきを引掛けたのが、紅と浅黄で羽を彩るあめの鳥と、打切ぶっきり飴の紙袋を両の手に
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勇美子は返すべき言葉もなく、少年の顔を見るでもなく、モウセンゴケに並べてある贈物を見るでもなく、目のり処に困った風情。年上の澄ましたうちにも、仇気あどけなさが見えて愛々しい。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手も足もかばわずに、島の入日に焼かれながら、日金颪を浴びながら、緑の黒髪、煙れる生際、色白く肥えふとりて、小造りなるが愛らしく、その罪のなさ仇気あどけなさも、蝴蝶ちょうの遊ぶに異ならねど
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お三輪といって今年がしち、年よりはまだ仇気あどけない、このお才の娘分。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……自分介抱するよって、一条ひとくさりなと、可愛い可愛い女房おかみはんに、沢山たんと芝居を見せたい心や。またな、その心を汲取くみとって、うずら嬉々いそいそお帰りやした、貴女の優しい、仇気あどけない、可愛らしさも身に染みて。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と左右を見つつ、金魚鉢を覗くごとく、仇気あどけなく自分もみつめて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
愛吉は仇気あどけなく平手で唇を横にいたが、すがめてたなそこを打眺め
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
指で口許を挟む真似、そしてその目の仇気あどけなさ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と嬉しそうに、なぜか仇気あどけない笑顔になった。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仇気あどけなく莞爾にっこりすら、チェーしたもんだ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)