万年青おもと)” の例文
旧字:萬年青
ぢいさん。もう万年青おもと御手入おていれはおすみですか。ではまあ一服おやりなさい。おや、あの菖蒲革しやうぶがはたばこ入は、どこへ忘れて御出でなすつた?
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
何でもない竹垣の根元の万年青おもとなどが印象の真正面に立った。——伸子は、夫のいない時、一人静かに家を出て行くつもりなのであった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
山根さんはふだん着ではなく、大島の着物羽織をき、万年青おもと構図の緑がかった落着いた帯をしめ、髪もきれいにとかしていた。
或は悪魔の手弄てなぐさみか、実際この十姉妹の流行は、一時天下を風靡した万年青おもとと同じく、不可解な魅力を以って、四国を発端にして中国近畿
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
蒸暑くても窓を明けることは出来ず、その硝子窓の外に並べて置かれてある大きな鉢植ゑの万年青おもとの葉が埃塵で真白になつてゐるのを見た。
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
理平は、万年青おもと展覧会ほどある屋上庭園から降りて来て、ちょっと、店へ顔を出して、金庫の鍵を鳴らしながら奥へ引っこむ。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間もなく窓に現れた小僧は万年青おもとの鉢の置いてある窓板の上に登って、一しょう懸命背伸びをして籠を吊るしてある麻糸をくぎからはずした。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
例の万年青おもとや兎とおなじわけで、理窟も何もあったものじゃありません。そう、そう、その金魚ではこんな話がありましたよ
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
建具屋と仕立屋の間に挟まつた小ぢんまりとした二階屋で、その二階の出窓に、万年青おもとの鉢が二つ三つ、晩秋の午後の薄日を浴びて並んでゐた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
明治の初年は例の万年青おもとの流行、根岸の肴舎から出た「根岸松」が一茎万金を呼び、少し変った新種は兎相場、誰も彼も商売そっちのけで血眼
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「待ちなよ八。口惜くやしがるのはお前の勝手だが、煙管きせる雁首がんくび万年青おもとの鉢を引っぱたかれちゃ、万年青も煙管も台なしだ」
一つは丸い小い葉で、一つは万年青おもとのような広い長い葉で、今一つは蘭のような狭い長い葉が垂れて居る。ようよう床屋の前まで来たのであった。
熊手と提灯 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
春信はるのぶは、こいからはなすと、きゅうおもいだしたように、縁先えんさき万年青おもと掃除そうじしている、少年しょうねん門弟もんてい藤吉とうきちんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なかには主人あるじ宗匠そうしょう万年青おもとの鉢を並べた縁先えんさきへ小机を据えしきり天地人てんちじんの順序をつける俳諧はいかいせんに急がしい処であった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この間も原の御母おっかさんが来て、まああなたほど気楽な方はない、いつ来て見ても万年青おもとの葉ばかり丹念に洗っているってね。真逆まさかそうでも無いんですけれども
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
番附といふのは、相撲すまふ万年青おもとのそれと同じやうに横綱もあれば、大関もあり、又貧乏神もあるといつたやうに、現代の画家にそれ/″\格つけをしたものだ。
... 一万円のあたいある万年青おもとを一つ置いてあっても遠方からは見えず趣味のない人に価値も分らんからね」若紳士
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
椿岳の画を愛好する少数好事家こうずかですらが丁度朝顔や万年青おもとの変り種を珍らしがると同じ心持で芸術のハイブリッドとしての椿岳の奇の半面を鑑賞したに過ぎなかったのだ。
万年青おもとかなんぞと、あちらこちらをあさった揚句、結局、万年青が無事で、そうして豊富でよかろうというような選定から、座敷へ戻ってしきりにはさみを入れているうちに
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
荒物屋、煎餅屋、煙草屋、建具屋、そういう店に交って、出窓に万年青おもとを置いたしもた屋の、古風なくぐりのある格子戸には、「焼きつぎ」という古い看板を掛けた家がある。
寺町 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
馬場裏の往来に近く、南向の日あたりの好い障子のところに男や女の弟子でしを相手にして、石菖蒲せきしょうぶ万年青おもとなどの青い葉に眼を楽ませながら錯々せっせと着物をこしらえる仕立屋が居る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明治時代の蘭や万年青おもと、兎や狆、往年の鶉など、数十円数百円に売買されたものが、今はドーであるか、近くは小鳥飼の流行を見たであろう、一羽七十円のセキセイが今は一銭
万年青おもとの芽分けが幾鉢も窓にならべてあって、鉢にはうなぎくしをさし、赤い絹糸で万年青が行儀わるく育たないように輪をめぐらしてあった。格子をあけると中の間の葭屏風よしびょうぶのかげから
広縁の前に大きな植木棚があって、その上に、丸葉の、筒葉の、熨斗のし葉の、みだれ葉の、とりどりさまざまな万年青おもとの鉢がかれこれ二三十、ところもにずらりと置きならべられてある。
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
らちもなく万年青おもとあらひ、さては芝生しばふつてひろ姿すがたわれながらられたていでなく、これを萬一もし學友ともなどにつけられなばと、こヽろ笹原さヽはらをはしりて、門外もんぐわい用事ようじ兎角とかくいとへば
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
身柄はふにも足らぬ足軽頭あしがるがしらに過ぎざりしが、才覚ある者なりければ、廃藩ののちでて小役人を勤め、転じて商社につかへ、一時あるひは地所家屋の売買を周旋し、万年青おもとを手掛け、米屋町こめやまち出入しゆつにゆう
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「ほう、この万年青おもとはよく手入れがとどいている。」
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
ひと鉢の万年青おもとすら、いまはその児に
緑の種子 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
万年青おもとのやうに真紅しんく
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
御禁制の布令ふれが出ても出ても、岡場所にかく売女ばいたは減らないし、富興行はひそかに流行はやるし、万年青おもと狂いはふえるし、強請ゆすり詐欺かたりは横行するし
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なかには主人あるじ宗匠そうしやう万年青おもとはちならべた縁先えんさき小机こづくゑしきり天地人てんちじんの順序をつける俳諧はいかいせんいそがしいところであつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
藤吉とうきちは、万年青おもとから掃除そうじふではなすと、そのままはぎすそまわって、小走こばしりにおもてへった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
はふつたまゝにして置いた万年青おもとの鉢だの、せいの低い痩せこけた芭蕉だの、ボケだの、薔薇だのが見えた。時には明るい日影が射したり、雨がしめやかに降つてゐたりした。
紅葉山人訪問記 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
しかしながら自分には殆ど嫌いじゃという菓物はない。バナナも旨い。パインアップルも旨い。桑の実も旨い。まきの実も旨い。くうた事のないのは杉の実と万年青おもとの実位である。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
たてに竹を打ち附けて、横に二段ばかり細く削った木を渡して、それをかずらで巻いた肱掛窓ひじかけまどがある。その窓の障子が一尺ばかり明いていて、卵の殻を伏せた万年青おもとの鉢が見えている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
理髪店の店さきには、朝日の光がさわやかに、万年青おもとの鉢を洗つてゐる。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵みゃくあん文楼ぶんろうの系統を引いた当時の廓中第一の愚慢大人で、白無垢しろむくを着て御前と呼ばせたほどの豪奢を極め、万年青おもとの名品を五百鉢から持っていた物数寄ものずきであった。
万年青おもとの鉢があったり石菖せきしょうの鉢がおいてあったりした。
ただ、青いものは室の中の一鉢の万年青おもときりだった。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そうともさ、肝腎かんじん万年青おもと掃除そうじ半端はんぱでやめて、半時はんときまえから、おまえさんのるのをってたんだ。——だがおせんちゃん。おまえ相変あいかわらず、師匠ししょうのように綺麗きれいだのう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
極めて、実直なと云われる町人の中でも、うずらを飼うとか、万年青おもとに五十金、百金の値を誇るとか、世相の浮わついていることは、元禄の今ほど、甚だしい時はないと云われていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あくる日表の格子戸をのぞいて、下駄箱げたばこの上に載せた万年青おもとの鉢が後向うしろむきにしてあれば、これは誰もいないという合図なので、大びらに這入はいるが、そうでない時はそっと通り過ぎてしまう。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この年江戸市中には万年青おもとの変り種をもてあそぶことが流行した。武士僧侶そうりょまでが植木屋と立交り集会を催し万年青の売買をなして損益を争うようになったので、これを禁ずる町触まちぶれが出た。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
万年青おもとの鉢の土にまで吸い込まれていた。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)