“由利公正”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
ゆりこうせい50.0%
ゆりきみまさ50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
板垣退助(いたがきたいすけ)、後藤象次郎(ごとうしょうじろう)、江藤新平(えとうしんぺい)、副島種臣(そえじまたねおみ)、岡本健二郎(おかもとけんじろう)、由利公正(ゆりこうせい)、小室信夫(おむろのぶお)、古沢滋(ふるさわしげる)らは、そのころ名のあらわれた人物であったが、民選議院設立の建白書を、左院に提出した。
当時の有力者板垣退助(いたがきたいすけ)、後藤象二郎(ごとうしょうじろう)、江藤新平(えとうしんぺい)、副島種臣(そえじまたねおみ)、由利公正(ゆりこうせい)らは、民選議院設立の建白書を、左院に提出し、明治十三年四月には、東北の名士河野広中(こうのひろなか)、土佐の名士片岡健吉(かたおかけんきち)の二人は
丁度船の日本に着(つい)たのは王政維新の明治政府になってから、即(すなわ)ち明治元年であるが、その事に就(つい)て当時会計を司(つかさど)って居た由利公正(ゆりきみまさ)さんに遇(あっ)て後に聞(きい)た所が、ドウもあの時金を払うには誠に困(こまっ)た
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)