“槙町”のいろいろな読み方と例文
旧字:槇町
読み方割合
まきちょう85.7%
まきちやう14.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
槙町まきちょうに殺しがあると聞いて、縄張内ではありませんが、様子を見に出かけようとしていると、八丁堀の与力よりき、笹野新三郎のところから火急の用事があるから
弘庵は弘化四年土浦の藩校を去り江戸に帰って日本橋槙町まきちょう僦居しゅうきょし翌年麹町平川町に移りまたその翌年下谷三味線堀しゃみせんぼりに転じ家塾を開いてこれを彀塾こうじゅくと称した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
単に駒の台といふことだけではなく、晩年にはわたしたちと組んで、京橋の槙町まきちやうに帝国将棋所なるものをつくり、金を出してくれたり、また骨も折つてくれた。
駒台の発案者 (新字旧仮名) / 関根金次郎(著)