晦日つごもり)” の例文
何故と云ふに、其次に「大火に因て次の日再大坂に帰る」と書してあるからである。「大火」とは正月晦日つごもり団栗辻どんぐりのつじの火事なることが明である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
又、小野宮左大臣実頼の女子で、彼が「みくしげ殿の別当」と呼んでいる人を、久しく恋いわたりながらなか/\逢うことが出来ないので、或る年の師走しわす晦日つごもり
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
出す事能はざるなり故に三代將軍家光公武運長久をいのる爲と奏聞有て草薙くさなぎ寶劔はうけん降借かうしやくせられ其後返上なく東叡山に納たりそれたからは一所に在ては寶成ず故に慈眼大師の御遷座ごせんざと唱へ毎月晦日つごもりに三十六院を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「人の眼もあります。月の末の——晦日つごもりにでも」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前記天下茶屋の梅見の宴の後約一箇月半を経た三月晦日つごもりの夜八つ半時頃すなわち午前三時々分に
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
晦日つごもり。雨。御扶持受取、五人半扶持、米八斗二升五合、代金九両三分銭一貫八百九十三匁、雑用代金一分二朱。」此文と前日の「御内々月給金五両受取」と云ふ文とを合せ考へて
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
晦日つごもり、晴。暑甚。隆白を伴ひ、底倉堂島だうがしま等遊行す。」函嶺の第四日である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)