市井人しせいじん)” の例文
などと、貧乏人に金を貸して、萬兩分限にでもならうと言ふ金右衞門に取つては、錢形平次も、貧乏な一市井人しせいじんでしかありません。
不断はまことに素直な市井人しせいじんとして、積極的な現世主義者として、また数多い家族の善良な扶養者としてあけくれ送つてゐる。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
あの、微笑の、能面のうめんになりましょう。この世の中で、その発言に権威を持つためには、まず、つつましい一般市井人しせいじんの家を営み、その日常生活の形式に於いて、無慾。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
見張の男の死貌しにがおはまことにおだやかであったけれども、人間のあらゆる秘密を解き得て死んで行った者のかおではなかった。平凡な、もはや兵隊でない市井人しせいじんの死貌であった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
当然風雅の間によわいせられなかった市井人しせいじんの以前の生活を、古い文芸の偶然なる記録の中から、探し尋ねてみようとした熱情は多とすべきであるが、なおその題目の都府に偏し
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この一市井人しせいじんのこれまでの長い一生、震災で私の母を失ってからの十何年かのさびしい独居同様の生活、ことに病身で、殆んど転地生活ばかりつづけていた私を相手のたよりない晩年
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
市井人しせいじんとして、八十八の老婆で死んだのだが、手習師匠へもってゆく、お彼岸の牡丹餅ぼたもちをお墓場はかへ埋めてしまったのから運命が定まったのだといえば、人間の一生なんて実に変なものだ。