ハヽ)” の例文
私は、大正九年の春の国学院雑誌に「ハヽが国へ・常世トコヨへ」と言ふ小論文を書いた。其考へ方は、今からは恥しい程合理式な態度であつた。
信太妻の話 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
出石イヅシ人の一人で国の名を負うたたぢまもりの、時じくのカグ木実コノミを取り来よとの仰せで渡つたのは、橘実るハヽが国なる南の支那であつた。
妣が国へ・常世へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
結婚法が変つた世になつても、此空想だけは残つて居て「ハヽが国」と言ふ語が、古代日本人の頭に深く印象した。妣は祀られた母と言ふ義である。
最古日本の女性生活の根柢 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
曾ては、ハヽが国として、恋慕の思ひをよせた此国は、現実の悦楽に満ちた楽土として、見かはすばかりに変つて了うた。
妣が国へ・常世へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
さて又、あめのひぼこのもたらした八種ヤクサの神宝を惜しみ護つた出石イヅシ人のハヽが国は、新羅ではなくて、南方支那であつたことは、今では、討論が終結した。
妣が国へ・常世へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
結婚法が変った世になっても、この空想だけは残っていて「ハヽが国」という語が、古代日本人の頭に深く印象した。妣は祀られた母という義である。
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
氣短く思はないで、ナホアカキヨく力強い歌を産み出す迄の、あさましい「ハヽクニ」の姿を見瞻つて、共にあくうざずの叫びを擧げて頂きたい、と願ふのです。
茂吉への返事 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
此も後に説くが、「ハヽが國」も、海のあなたにあるものとして居たことは疑ひがない。
ハヽが国」と言ふ語はすさのをの命といなひの命との身の上に絡んで、伝はつて居る。すさのをの命は亡母(即、妣)いざなみの命の居られるの国に憧れて、妣が国に行きたいと泣いたとある。
信太妻の話 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
あんがまあは「母小アモガマ」で、がまは最小賞美辭である。而も、沖繩語普通の倒置修飾格と考へる事が出來るから、「親しい母」と言ふ位の意を持つ。即、我が古代語の「ハヽが國」に適切に當るのである。