堅守けんしゅ)” の例文
ただこれあるがゆえに、攻城の士気はゆるまなかった。そしてなお半歳もかかったが、よく三木城の堅守けんしゅおとし得たともいえると思う。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてその子氏郷うじさととともに、居城日野に堅守けんしゅのそなえを急ぎ、一方伊勢の松ヶ崎城にある信長の第二子北畠信雄へ
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
加賀野井、竹ヶ鼻、二つの城は、ここ木曾川をはさんで、尾州口びしゅうぐち堅守けんしゅする姉妹城しまいじょうなのである。——秀吉は、ここを攻めるのに、武力を用いず、長堤ちょうていを築かせて、木曾川の水をそそぎ入れた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしていよいよ上月城を堅守けんしゅして、尼子一党の存在を誇っていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)