四辺そこいら)” の例文
旧字:四邊
それは酔漢よいどれの声でした。静な雪の夜ですから、濁った音声おんじょうはげしく呼ぶのが四辺そこいらへ響き渡る、思わず三人は顔を見合せました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
急に四辺そこいらが明るくなったかと思うと——秋の日が暮れるのでした。暗い三分心の光は煤けた壁の錦絵を照して、棚の目無達磨めなしだるまも煙の中に朦朧もうろうとして見える。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
前の晩に見たよりは、家の内の住み荒された光景ありさまも余計に目についた。生家さとを見慣れた眼で、部屋々々を眺めると、未だ四辺そこいらを飾る程の道具一つ出来ていなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ふと眼を覚まして四辺そこいらを見廻した時は、暮色が最早もう迫つて来た。向ふの田の中の畦道あぜみちを帰つて行く人々も見える。荒くれた男女の農夫は幾群か丑松のわきを通り抜けた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
居残る人足は腰をこごめて御仮屋を取片付ける最中。幕は畳み、旗は下して、にわか四辺そこいらが寂しくなった。細々と白い煙の上る松蔭には、店を仕舞って帰って行く商人の群も見える。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
軈て焼場の方へ送られることに成つた頃は、もう四辺そこいらも薄暗かつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)