含羞がんしゅう)” の例文
逢ったばかりの、あかの他人の男女が、一切の警戒と含羞がんしゅうとポオズを飛び越え、ぼんやり話を交している不思議な瞬間が、この世に、在る。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すぐみつく。犬のまねして、けんけんと啼き狂う。女は女を忘れ、少年は少年の含羞がんしゅうもなく荒れたけぶ。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は醜く立ちつくし、苦笑でもなかった、含羞がんしゅうでもなかった、そんななまやさしいものではなかった。うなった。そのまま小さい、きりぎりすに成りたかった。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
相剋そうこくの結合は、含羞がんしゅうの華をひらいた。アグリパイナは、みごもった。ブラゼンバートは、この事実を知って大笑した。他意は無かった。ただ、おかしかったのである。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
含羞がんしゅうの火煙が、浅間山のそれのように突如、天をもがさむ勢にて噴出し、ために、「なあんてね」の韜晦とうかいの一語がひょいと顔を出さなければならぬ事態に立ちいたり
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
含羞がんしゅうは、誰でも心得ています。けれども、一切に眼をつぶって、ひと思いに飛び込むところに真実の行為があるのです。できぬとならば、「薄情。」受けよ、これこそは君の冠。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
夕焼も、生れながらに醜い、含羞がんしゅうの笑をもってこの世に現われたのではなかった。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
けれども、そこで降りてみて、いいようだったら、そこで一泊して、それから多少、迂余曲折うよきょくせつして、上諏訪のあの宿へ行こう、という、きざな、あさはかな気取りである。含羞がんしゅうでもあった。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自己嫌悪、含羞がんしゅう、閉口しているのであろう。必ずや神経のデリケエトな人にちがいない。自転車に乗って三鷹の駅前の酒屋へ用達しに来て、酒屋のおかみさんに叱られてまごついている事もある。
男女川と羽左衛門 (新字新仮名) / 太宰治(著)
含羞がんしゅうのために死す。そんな文句を思い浮べ、ひとりでくすくす笑った。
悶悶日記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ゆっくり真紅含羞がんしゅうの顔をあげて、私の、ずるい、平気な笑顔を見つけて、小娘のような無染の溜息、それでも、「むずかしいのねえ、ありがとう。」とかしこい一言、小声でいうのを忘れなかった。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)