“つねきち”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
常吉66.7%
恒吉33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
小野元秀は弘前藩士対馬幾次郎(つしまいくじろう)の次男で、小字(おさなな)を常吉(つねきち)といった。十六、七歳の時、父幾次郎が急に病を発した。常吉は半夜馳(は)せて医師某の許(もと)に往った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
抽斎は平姓(へいせい)で、小字(おさなな)を恒吉(つねきち)といった。人と成った後(のち)の名は全善(かねよし)、字(あざな)は道純(どうじゅん)、また子良(しりょう)である。そして道純を以て通称とした。その号抽斎の抽字は、本(もと)籒(ちゅう)に作った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
抽斎は小字(おさなな)を恒吉(つねきち)といった。故越中守信寧(のぶやす)の夫人真寿院(しんじゅいん)がこの子を愛して、当歳の時から五歳になった頃まで、殆(ほとん)ど日ごとに召し寄せて、傍(そば)で嬉戯(きぎ)するのを見て楽(たのし)んだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)