“たまつくり”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
玉造86.7%
玉作13.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
一、石田治部少ぢぶせうの乱の年、即ち慶長五年七月十日、わたくし父魚屋なや清左衛門、大阪玉造たまつくりのお屋敷へ参り、「かなりや」十羽、秀林院様へ献上仕り候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私の郷里は(宮城県玉造たまつくり一栗いちくり上野目天王寺かみのめてんのうじ)——奥羽山脈と北上山脈との余波に追い狭められた谷間たにあいの村落である。谷間の幅は僅かに二十町ばかり。
荒雄川のほとり (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そこで天皇は非常に殘念がつて、玉を作つた人たちをお憎しみになつて、その領地を皆おりになりました。それでことわざに、「ところを得ない玉作たまつくりだ」
彼らは工人その他の雑職人として、通例土地の班給にあずからなかったものらしく、「古事記」垂仁天皇条に、「ところ得ぬ玉作たまつくり」という諺の存在を伝えている。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)