紫苑しおん)” の例文
几帳のぎぬが一枚上へ掲げられてあって、紫苑しおん色のはなやかな上に淡黄うすきの厚織物らしいのの重なった袖口そでぐちがそこから見えた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
押入なんかにしまっておくより、昼間はちょっと秋草に預けて、花野をあるく姿を見ようと思いますとね、萩もすすきも寝てしまう、紫苑しおんは弱し。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんなにして無言のままに紫苑しおんや、虎の尾や、女道花おみなえしや、みだれさいた秋草の花から花へと歩みをうつしてゆくのを、私は胸いっぱいになって
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
その年二百二十日の夕から降出した雨は残りなくはぎの花を洗流あらいながしその枝を地に伏せたが高く延びた紫苑しおんをも頭の重い鶏頭けいとうをも倒しはしなかった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
碑のおもては荒れてよく見えないが、六無斎ろくむさい友直居士の墓とおぼろげに読まれる。竹の花筒には紫苑しおんや野菊がこぼれ出すほどにいっぱい生けてあった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
太い赤まんまの花や紫苑しおんのような紫の野菊を。そうやってつまれるこまかい野の花々は伸子のこころを鎮め、広い地平線の眺めは伸子の目路めじをはるかにした。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
可愛がって育てると、葉は紫苑しおんのさきの方に似てやや強く、スッとして花は単弁で野菊に似てやや大きかった。
〽雁がとどけし玉章たまづさは、小萩のたもとかるやかに、へんじ紫苑しおんも朝顔の、おくれさきなるうらみわび……
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いいえ、どうも致しません」と私は簡単にこたえて大槻の家の門を出たが、水道の掘割に沿うて、紫苑しおんの花の咲きみだれた三田村の道を停車場の方にたどるのである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
紫苑しおんの花萩の花女郎花もしくは秋草野花をもてかざりとなせる宮城野の一望千里雲烟の間に限り無きが如きは、独り東北の地勢にして中国に見るべからざるの広野なり。
蘇芳すおう紫苑しおんの同じお好みにございます。そしてただひと目だけでもお目もじにあずかりたいとお互に申しておられます。何とぞ、ひと目だけお目にかかられますよう。」
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
よろよろとよろけながらやっと二間ほど歩いて植込みの角まで行くと、朝の雨でぬらついている地面に足をすべらせて危うく転げそうになり、夢中で紫苑しおんの茎に捕まった。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
西ごうたかもりはその声に応じて板塀いたべいの下をくぐり、紫苑しおんをかきわけて姿すがたをあらわしました。
決闘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
持ってきて、それから縫掛けのあわせを今日中に仕上げてしまいなさい……。政は立った次手ついでに花をって仏壇へげて下さい。菊はまだ咲かないか、そんなら紫苑しおんでも切ってくれよ
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
すすき蓬々ほうほうたるあれば萩の道に溢れんとする、さては芙蓉ふようの白き紅なる、紫苑しおん女郎花おみなえし藤袴ふじばかま釣鐘花つりがねばな、虎の尾、鶏頭、鳳仙花ほうせんか水引みずひきの花さま/″\に咲き乱れて、みちその間に通じ
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昼飯がすむと、老婆は裏の藪から野菊や紫苑しおんなどを一束折って来た。お爺さんはこの間亡くなったばかりで、寺の墓地になった小松の下の土饅頭には、まだ鍬目が崩れずに立っていた。
地獄の使 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして、彼は数人の兵士に守られつつ、月の光りに静まったはぎ紫苑しおんの花壇を通り、紫竹しちくの茂った玉垣の間を白洲しらすへぬけて、磯まで来ると、兵士たちの嘲笑とともにッと浜藻の上へ投げ出された。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
横に落した紫の傘には、あの紫苑しおんに来る、黄金色こがねいろの昆虫のつばさの如き、煌々きらきらした日の光が射込いこんで、草に輝くばかりに見える。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やや大柄な童女が深紅しんくあこめを着、紫苑しおん色の厚織物の服を下に着て、赤朽葉くちば色の汗袗かざみを上にした姿で、廊の縁側を通り渡殿わたどの反橋そりはしを越えて持って来た。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夜になってからはさすが厄日の申訳もうしわけらしく降り出す雨の音を聞きつけたもののしかし風は芭蕉ばしょうも破らず紫苑しおんをも鶏頭けいとうをも倒しはしなかった——わたしはその年の日記を
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
生け垣の裾には紫苑しおんだの松虫草だのが、しっとりと露をあびて咲き、百日紅の薄紅い花弁などが、どこからともなく散って来た。風鈴を鳴らしている家などもあった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
次の夕方に一人が蘇芳すおうの色の濃い衣をきてくれば、べつの若者はまたその次の日の夕方には、藤色とも紫苑しおんの色にもたぐうような衣をつけ、互の心栄こころばえに遅れることがなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
テーブルの上のコップに、紫苑しおんの花のような野菊と、狐のしっぽのような雑草とがさしてある。コップにさしてある雑草はあの日に、遠い野原で伸子が自分でつんだものだった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
犬山道節どうせつが森鴎外で、色は黒、花では紫苑しおん犬飼現八いぬかいげんぱちは森田思軒で、紫に猿猴杉えんこうすぎ。犬塚信乃しのが尾崎紅葉で緋色ひいろ芙蓉ふよう。犬田小文吾こぶんごが幸田露伴、栗とカリン。大法師が坪内逍遥で白とタコ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
撫子なでしこ石竹せきちく桔梗ききょう、矢車草、風露草、金魚草、月見草、おいらん草、孔雀草、黄蜀葵おうしょっき女郎花おみなえし男郎花おとこえし秋海棠しゅうかいどう、水引、雞頭けいとう、葉雞頭、白粉おしろい鳳仙花ほうせんか紫苑しおん、萩、すすき、日まわり、姫日まわり
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かのかけいの水のほとりには、もう野菊と紫苑しおんとが咲きみだれて、穂に出た尾花の下には蟋蟀こおろぎの歌が手にとるようである。私はかがんで柄杓ひしゃくの水を汲み出して、せめてもの思いやりに私の穢い手を洗った。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
四日の大暴風雨の後なので、荒れ、まだ紫苑しおんなども咲かないので大してよくはなかったがお成の間の上からの眺望一寸よかった。雁来紅がんらいこう、はちす、黄蜀葵、百日紅さるすべり、水引、その他。
半七は何物かをたずねるように石塔のあいだを根気よく縫い歩いていると、墓場の奥の方に紫苑しおんが五、六本ひょろひょろ高く伸びていて、そのそばに新らしい卒堵婆そとばが立っているのを見つけた。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
桔梗ききょう紫苑しおんの紫はなおあざやかなのに、早くも盛りをすごした白萩しらはぎは泣き伏す女の乱れた髪のように四阿屋の敷瓦しきがわらの上に流るる如く倒れている。生き残った虫の鳴音なくねが露深いそのかげに糸よりも細く聞えます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「これは蘇芳すおうの君、これは紫苑しおんの君」
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
秋になっては、コスモスと紫苑しおんがわたしの庭をにぎわした。
秋になっては、コスモスと紫苑しおんがわたしの庭を賑わした。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)