うなず)” の例文
いぶかしそうな眼を向けたが、孝之助はうなずいた。北畠の叔母に関する限り、できるだけ話を簡単にするのが、長いあいだの習慣であった。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
多分女学生時代の彼女のロオマンスがたたりを成していたものであろうことは、ずっと後になってから、迂闊うかつの庸三にもやっとうなずけた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
無言でうなずきながらふところの中で君太郎の華奢きゃしゃな手を握りしめていたが、私もこの時ほど君太郎をいとおしく感じたことはなかった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
まずこの辺までは芥川さんに話しても、白い頬を窪まし、口許くちもとに手を当ててうなずいていましょうがね、……あとが少しむずかしい。——
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これをよい時機として役者をめようとしたのであったならば、貞奴の光彩のなくなったのももっともだと、うなずかなければならないのは
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
諸将僚もこれにうなずいた。全軍の将卒に各二升のほしいいと一個の冰片ひょうへんとがわかたれ、遮二無二しゃにむに遮虜鄣しゃりょしょうに向かって走るべき旨がふくめられた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「…………」菜穂子も、そんな夫の癖を知りながら、相手が自分を見ていようといまいと構わないように、黙ってうなずいただけだった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
三百両の金をしまって立ち上ろうとする。お松は情けないかおをして、眼にはいっぱいの涙を含んで、小さなあごえりにうずめてうなずきます。
と塚本は、手は休めずに眼でうなずいたが、日が暮れぬ間に仕事を片附けてしまはうと、畳へきゆツと針を刺し込んでは抜き取りながら
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とのみで、信玄は次第に無口になって、帷幕いばくの人々との対談でも、伝令の報告を聞くのでも、ただうなずきを以てするようになっていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭の桔梗ききょうの紫うごき、雁来紅けいとうの葉の紅そよぎ、撫子なでしこの淡紅なびき、向日葵ひまわりの黄うなずき、夏萩の臙脂えんじ乱れ、蝉の声、虫のも風につれてふるえた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
主税が、こういうと、内蔵之助は、うなずいただけで、すぐ、側の者に、指で、何か指図しながら、門の方へ歩いて行った。吉右衛門は
寺坂吉右衛門の逃亡 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
褐衣の人は一いちうなずいた。不意に一人の貴い官にいる人が出て来て、竇を迎えたがひどくうやうやしかった。そして堂にあがって竇はいった。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
私が再びうなずきながら、この築地つきじ居留地の図は、独り銅版画として興味があるばかりでなく、牡丹ぼたん唐獅子からじしの絵を描いた相乗あいのり人力車じんりきしゃ
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
妻のウルリーケを見ればうなずかれるが、事実にも衡吉は、不覚なことに老いを忘れ、あの厭わしい情念の囚虜とりことなっているのだった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
辞して帰る時、N氏は明日こそ本当に描くぞと奥さんに真面目まじめな顔をしていっていた。奥さんはにっこり笑ってうなずいているだけだった。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
と、ミチは白い顔をうなずかせ、ピンクのワンピースの肩を突き出す様にして入り、下駄げたを脱ぐと、番台に金を置いて手早く洋服を脱いだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
暫く順一はそれを冷然と見詰めていたが、ふと、ここへはもっと水桶みずおけを備えつけておいた方がいいな、と、ひとりうなずくのであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
艇長は、ひとりでつぶやいて、ひとりでうなずいた。そしてすぐ又、いそがしく鉛筆をはしらせている無電員の手もとを見つめていた。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私も何だか泣きたいような気持ちで、ただ黙ってうなずいた。そうだ、私はたしかに泣きたかった。けれど、何者かが私の涙をせき止めた。
……わしがお姫様と声をかけると、お答えはなくてうなずかれたが、不意にお袖でお顔を蔽われたっけ。……きっとお泣きなされたのだ
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうして、二三度軽くうなずきながら、にっこりしました。その笑いは、俊夫君がいつも、何か手掛かりを見つけた時にもらすものなのです。
玉振時計の秘密 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
あたりを明るくするほどの派手な美貌びぼうであつた。その上、気性は如何いかにも痴情で、婚家から出されたとうなずけるほど浮々してゐた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
書生がうなずくのを見て、明智はもう廊下へすべり出ていた。そして、円塔の方へと足音も立てないで、風のように走り出していた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やがて明瞭はっきり彼は、相手らの風采ふうさいを見て取った。そしてにたりと笑った。表面は極めてあいそよくうなずいて来訪者を追っぱらった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と心のうちうなずいて思案して居ります処へ、例の旅商人が帰りまして、何か主人と話をして居りましたが、それから直ぐ奥へまいりまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それが一分と続かないうちに、彼はうなずいて出て行った。すると紳士は例の若い淑女を手招きして、その二人もまた出て行った。
大石は黙ってうなずいて飯を食い始めた。食いながら座布団のそばにある東京新聞を拡げて、一面の小説を読む。これは自分が書いているのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分で哲学の体系を立てて、その体系にみずからうなずいて、それにのっとって充実徹底せる生活を求めることができるであろうか。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
爺さんはうなずくと、例の不満の時の仕草で、両手で尻を叩きながら、広庭へ戻りかけていたが、又、旦那に呼びとめられた。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
青い眼をギョロギョロさして私を見ると、黙って……よろしい……という風にうなずいたまま、又一心に切符を勘定し初めた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わずかうなずく、いまだ全く解せざるものの如し。更に語を転じて曰く、われいまのために古池の句の歴史的関係を説くべし。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
近松ちかまつの書きました女性の中でおたねにおさい小春こはるとおさんなどは女が読んでもうなずかれますが、貞女とか忠義に凝った女などは人形のように思われます。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
彼の持ちかけた若干の質問から、このお客のはらには単なる好奇心ではなく、何か下心があるのだということがうなずかれた。
あの厳重に密封した重い荷が、軍務司長への贈物だったのか。しゅう副官が吉報だと云ったのも、そう云われればうなずかれる”
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
「今日は待乳山はよそうね」といわれてうなずきました。そこは少しの木立と碑とがあるだけで、見晴しもないのですから。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「そうか」岡本はうなずいて八千代に顔をやり、「それじゃ、また、あっちで遊んでてくれ、何かいたいものがあるなら、姐さんにそう云うがいい」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
どういう様子か見てもやりたし、心にかかれば参りました、と云えば鋭次も打ちうなずき、清は今がたすやすやついて起きそうにもない容態じゃが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と一つうなずくと、もうそれで診察はおしまいだった。もちろん尾田自身でも自ら癩に相違ないとは思っていたのであるが
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
吉本の、いちばんに愛していた女が雅子であり、いちばん愛していた男が永峯であったということを、彼女は充分うなずくことができるのであったから。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
私達のこの驚きはその生き物を喪った時にはじめてうなずける状態であって、平常は何でもない普通の事に思われていた。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
忠相はただ、まわりのすべてを受け入れ、うなずいて、あらゆる人と物に微笑みかけたいゆたかなこころでいっぱいだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おおきくうなずいた伝吉でんきちは、おりからとおあわせた辻駕籠つじかごめて、笠森稲荷かさもりいなり境内けいだいまでだと、酒手さかてをはずんでんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「今日は胸が苦しくてとても呑めない」「そう」小笠原はさげすむようにうなずいたが、「そうかね。じゃ、さようなら」。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
軽井沢へ僕が来たと言えば、僕が言うまでもなく、君は(そうか)とうなずくだろう。全くその通りだ。僕はお今が見たいばかりでここへやって来たのだ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
女はちょっと途方に暮れて立っていたが、たちまち思いいた事があるらしく、一人うなずいて郵便局へけて行った。医学士にてた電報を打ったのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
なよたけ (かすかにうなずき、落した竹の枝の方に弱々しく手を差しのべて)竹!……文麻呂!……竹! 竹!……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
けれど、こういうような変化を求めても、人は黙って心のうちでうなずき、承知しているばかりで口に出して言うものでない。何となれば言うのが物憂いのだ。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たしかにクロイゲルの頭の中には衆人が右を眺めているとき、同時に左をも眺め得られる大心理家の素質の潜んでいることだけは何人もうなずくことが出来る。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そういった薬剤師の言葉に、あのゾッとするような顔は、ネネ一人に向けられたものだったのか、とうなずかれた。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)