とお)” の例文
甲高いよくとおる声で早口にものをいい、かならず人先に発言し、真面目まじめな話にも洒落しゃれや地口をまぜ、嘲弄ちょうろうするような言いかたをする。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
同じところに永く入れて置くと、たとい洋服だの襯衣シャツだのをとおしてでも、ラジウムの近くにある皮膚にラジウムけをしょうずるからだ。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
喊声かんせいは諸所に聞える。陽は早や暮れて、それが一そう不気味だった。のみならず得態えたいの知れない火光が林をとおして方々に見えたから
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右は宏い前庭の植込をとおして、向うに母屋が見える。日中の暑さで水を撒くと見えて、地面は一様に僅かながら湿りを含んでいる。
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
貴嬢きみまなこを閉じて掌を口に当て、わずかに仰ぎたまいし宝丹はげにたまみ髄にとおりて毒薬の力よりも深く貴嬢の命を刺しつらん。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
星は冬が深くなるほどえてとおって見え、美しくなるものだった。男は戸のうちにはいり、筒井はおのが部屋に引き取って行った。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
小初の言葉のしんにはきりきり真面目さがとおっていながら手つきはいくらかふざけたように、薫の背筋のみぞに砂をさあっと入れる。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私、クレテに言い付けて、丈夫な函を作らせようと思っていますのよ……何年たっても何十年たっても、水のとおらぬような浮き函を……
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
じれったいから突然いきなり肩に手を懸けると、その女中は苦しくッてか、袷もとおすような汗びっしょり、ぶるぶる震えているんでしょう。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼らは馬蹄型ばていがたの海岸を一列に並んで、黙々として歩いた。歯が痛かった。風はほほとおして、歯の神経をひどく刺激するのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「かれくろがねうつわを避くればあかがねの弓これをとおす、ここにおいてこれをその身より抜けばひらめやじりそのきもよりで来りて畏怖おそれこれに臨む」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
地底に水をとおさぬ凍土層がある場合、表面から土が凍って行くと、地下水の出口がふさがれてしまって、下の地下水には強い圧がかかる。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
雛妓おしゃくの黄色い声が聞えたり、踊る姿が磨硝子すりガラスとおして映ったりした。とうとうおしまいには雛妓が合宿へ遊びに来るようになった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
ことに小さい耳が、日の光をとおしているかの如くデリケートに見えた。皮膚とは反対に、令嬢は黒い鳶色とびいろの大きな眼を有していた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あわてて、糸立いとだてを肩にひろげたが、とおるようなビショぬれで、ポッケットにはさんだ紫鉛筆の色が、上衣の乳の下あたりまでにじみだした。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
寐床の側の畳に麻もて箪笥たんすかんの如き者を二つ三つ処々にこしらへしむ。畳堅うして畳針とおらずとて女ども苦情たらだらなり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そうして、駒井は夕方陣屋へ帰って来て見ると、庭をとおして、兵部の娘の室では、娘と茂太郎とが何をか合唱しているらしい。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
のみならず道に敷いた石炭殻も霧雨きりさめか露かにとおっていた。僕はまだ余憤よふんを感じたまま、出来るだけ足早に歩いて行った。
死後 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それにも構わず善吉は毎晩のように通い詰め通いとおして、この十月ごろから別して足が繁くなり、今月になッてからは毎晩来ていたのである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
辰めが一生はあなたにと熱き涙わが衣物きものとおせしは、そもや、うそなるべきか、新聞こそあてにならぬ者なれ、それまことにしてまことある女房を疑いしは
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この女をとおして、お銀と磯谷との消息が通じているのではないかと、笹村は時々そういうことを感ぐって見たりなどした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夏の朝、母様は庭の離れでお針箱をそばへ置いて縫物をなさるのが常だった。太陽は網の目のようになって居る木木の緑をとおして金色こんじきの光を投げた。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
けれどもその超音波といっても色々あって、調節して人間の鼓膜には一向感じないけど、直接に頭蓋骨をとおして脳髄に響く超音波も出来るわけだ。
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ぎあまんのように冷たく、澄みとおった山の空気が、きびしく五躰にしみとおり、あらゆる筋肉をこころよく緊張させた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
父の吐く息が着物をとおして背なかにあたたかく感ぜられる。私は「お灸」を据えられる度にくすぐったがったものだが、そんなに嫌いでもなかった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
人の世のあじきなさ、しみじみと骨にもとおるばかりなり。もし妾のために同情の一掬いっきくそそがるるものあらば、そはまた世の不幸なる人ならずばあらじ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
煙のごとくかすむ花の薄絹うすぎぬとおして人馬の行列が見える。にしきのみ旗、にしきのみ輿こし! その前後をまもるよろい武者! さながらにしき絵のよう。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
霧をとおした朝日の光りを区切ったために、七色の虹となって浮き立ちながら花壇の上で羽叩はばたく鶴の胸毛をだんだんにその横から現してゆくのが映っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
自然の真相は普通人に分らぬ、詩人が其主観をとおして描いて示すに及んで、始めて普通人にも朧気おぼろげに分って人間の宝となる、とか聴かされて、又感服した。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その声はよくとおり、一日中変わってゆく渓あいの日射ひざしのなかでよく響いた。そのころ毎日のように渓間を遊びほうけていた私はよくこんなことを口ずさんだ。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
葉子はめきったような、眠りほうけているような意識の中でこう思った。しんしんと底も知らず澄みとおった心がただ一つぎりぎりと死のほうに働いて行った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ぼつぼつ疲れかげんになってきたはぎのあたりへ、ズボンをとおして、ひやりとしたものがみ込んでくる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
この歌を味うと、内容に質実的なところがあるが、声調が訥々とつとつとしていて、とおるものがすくないので、つまりは常識の発達したぐらいな感情として伝わって来る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
始めは繋り合う木の葉にさえぎられているが、次第次第に烈しく落ちて、枝がぬれ、幹がぬれ、草がぬれ、自分らのまとっている糸径いとだてがぬれ、果ては衣服にもとおる。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
豚の肉やししの肉は何の料理にするのでも先ず大片おおぎれを二時間位湯煮て杉箸すぎばしがその肉へ楽にとおる時を適度として一旦引上げてそれから煮るとも焼くともしなければならん。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
強くはないが物を吹きとおすような鋭い北西の風が石垣の岩角を掠めて、折々窪地へおろして来る、毛布にくるまって雑談に耽っていた私達は、皆急いで天幕へ這入った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
家の中の事に気を配りながら出るあとについて私も一緒に往還の方へ出ると、そこから杉並木の様な処をとおして真直まっすぐに見えて居る祖母の家へ足を向けながら、婆さんに
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
花鳥をとおし、花鳥をり、花鳥を描いて人の心をむ。人間を諷詠するもの、これが俳句である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
杉の古樹こじゅの陰にささやらならやらが茂って、土はつねにじめじめとしていた。晴れた日には、夕方の光線がななめに林にさしとおって、向こうに広い野の空がそれとのぞかれた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ときに、彼女は自分の手が幼児をとおすあたりにほの温に触感を手のひらに感じることがあつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼は、正木のお祖母さんといっしょに、よくお墓まいりをした。お墓の前にしゃがむと、彼は拝むというよりは、じっと眼をすえて地の底を見とおそうとするかのようであった。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
なに製造せいぞうするのか、間断かんだんなしきしむでゐる車輪しやりんひびきは、戸外こぐわいに立つひとみみろうせんばかりだ。工場こうば天井てんじよう八重やえわたした調革てうかくは、あみとおしてのたつ大蛇のはらのやうに見えた。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
やっぱり支那風の七歳男女不なんにょせきをおなじゅうせずという腐れ論をおっしゃるヨ。フーンと鼻で笑われたが。そのフーンが骨身にとおってぞっとした心持がして。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
隠れではありますが空をとおしておりますために、雨天でない限りは、どんな暗夜やみよでも下の国道からすかして見え易い事を、用心深い犯人がよく知っていたに違いありませぬ。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「おれが困るよ。だから頼む。……第一声がとおり過ぎらあ。洞間声どうまごえっていう奴だからな」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは、セントテレザにも乳香入神などと云われているんだが、薫烟くんえんや蒸気の幕をとおして見ると、凹凸がいっそう鮮かになり、またその残像が、時折奇怪な像を作ることがあるのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただ、私の見る色彩のある夢にも二種あることを私は云っておきたい。その一つは、鮮明な、すきとおるような色彩からのみ成っている。その色はちょっとドロップスのそれに似ている。
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と、自分の健康な体力を、兄へとおそうとでもするように、膝に、身体に、力を入れて
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「にんじん」が、彼の少年時代を苦き回顧の情を以て綴ったものとすれば、「ぶどう畑」は、よりストイックな心境をとおして、人生と自然とに慎ましい微笑を送っていることがわかる。
私はそれを振り上げるが早いか、彼の襟くび目がけてつかとおれと突き立てました。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)