のぼ)” の例文
銃の音は木精こだまのように続いて鳴り渡った。そのうち女学生の方が先にのぼせて来た。そして弾丸が始終高い所ばかりを飛ぶようになった。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
伊「法印さまなぞを呼んじゃア厭だよ、枕元でガチャ/\お加持をするので、尚おのぼせ上って痛くっていけねえから止してくんな」
兎に角己はいつに無い上機嫌になつて来た。己は酒にのぼせて、顔がすこやかな濃いくれなゐに染まつた。それを主人は妬ましげに見てゐるらしい。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
藥でもされたらしく、物におびえたやうに、のぼせるばかりに泣き立てる赤ん坊をすかしながら、外の方へ出て行くものもあつた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「本郷座に出かけて(日本橋)の芝居を観たのはあの時分だつたね。花柳のお千世にお前がのぼせて、困つたことがあつたね。」
日本橋 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「お重お前はのぼせているよ。お前がおれの妹で、嫂さんが他家よそから嫁に来た女だぐらいは、お前に教わらないでも知ってるさ」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父親もまた喚きあげ「こん畜生ッ! 親を親とも思わねえのかあ——」その上父親はのぼせあがって今は伜にとびかかり暴力をふるおうとした。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
おのおの方……芝居を見るにも、裏と表をすかして見なければいかん、ただ、のぼせ上ってわいわい見ていてはいけない。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それにもかかわらず、私は不実だったのです。私はあの子を気狂のようにのぼせあがらせてしまいました。私にしてみれば、それは一つの遊びだったのです。
寡婦 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
キャラコさんは、のぼせあがったような気持になる。どんな卑劣なことをしてでも、馬と老人にその喜びを味わわせてやりたいと思って、気もそぞろになる。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それから頭痛、のぼせ、肩の凝り、体の倦怠だるさ、足腰の痛みなど絶えてなく、按摩あんまは私には全く用がありません。また下痢なども余りせず両便とも頗る順調です。
「聞いた風なことホザきやがる、ぜに取り道具と大目に見て居りや、菊三郎なんて大根にのぼせ上つて、——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
いやにのぼせ上がるじゃないか、おまえが幻想と言うんなら、それでもいいよ! むろん、幻想さ、だがな、おまえは本当に、近世のカトリック教の運動の全部が
音羽おとわの九丁目から山吹町やまぶきちょう街路とおりを歩いて来ると、夕暮くれを急ぐ多勢の人の足音、車の響きがかっとなった頭を、その上にものぼせ上らすように轟々どろどろとどよみをあげている。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
しかし其次の瞬間のあの狂わしい喝采ぶりは! 数千の花束が投げられる。香水が雨のように注がれる。見物という見物はのぼせ上って、号泣するものさえありました。
闘牛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ワシリはのぼせたやうな顔をして黙つて、俯向いた。余り熱心に話して、薪をくべる事を忘れたものだから、煖炉の火が燃えなくなつて、天幕の内は薄暗くなつてゐる。
訴訟用から僕は此家に出入することとなり、僕と里子は恋仲になりました、手短に言いますが、半年たたぬうちに二人ふたりは離れることの出来ないほど、のぼせ上げたのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかし苦しみ甲斐がいのないことではなかった。クリストフとグラチアとはのぼせ上がってしまった。
激情に取りのぼせて、見るも凄まじい美しさは、これが勢州亀山六万石の殿様の隠し芸かと思うと「鑿を取っては」の誇りに充ち満ちた、六郷左京の自慢の角をへし折ります。
嫌いとなると根こそぎ嫌いだが、好きとなると直ぐのぼせ上る抱一は矢継早やつぎばやに三、四回も続けて紅葉を尋ねた後、十日ほどもってから私のとこへ頗る厄介な提議を持込んで来た。
前にも立優たちまさつた出来で、聴衆ききては唯もう夢中になつて手をつて驚嘆した。そののぼせた容子ようすを見てゐたエルマンは、懐中ポケツトからハンケチを取り出して、そつと額の汗を拭いた。
その口をつぐんでいる私の姿が、また、のぼせ上ったカ氏の眼には、私が共鳴感を表わしているとでも見えたのであろう、私をみつめて口を閉じていたが、たちまち悲憤の色を漂わせた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
たれも知るまいし、また知らせるようにもせんですだが、俺はお前ん、二階から突出されて、お孝の内に出入ではいりが出来なくなってからは、天に階子はしご掛けるようにのぼせ上って、極道、滅茶めっちゃ苦茶
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は一つ一つ扉を叩いて部屋を覗いて見たが、誰もいない。三階は殊に家具のない裸部屋であった。二階の表部屋だけに僅ながら暖炉の石炭が燃えている。急にのぼせ上ったように顔がほてってきた。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そのうちに、おくれて村を出た人夫がやって来る、小屋はがやがや騒々しくって、ちっとも山の中らしくない。昼飯なんか、食ったんだか抜きにしたんだか、今もって思い出せないくらいのぼせ上った。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
「それもそうだっぺけんど、これで人間の方の温度も計る必要があっぺで。みんな、はア、肥料肥料でのぼせ上っていっからよ。いい加減のところで血圧下げてもらアねえと、村中みんな脳溢血だなんて……」
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
老人はやはり懐疑者らしくのぼせたような独言に耽っている。
(新字新仮名) / ウィルヘルム・シュミットボン(著)
「もう一段語られたらのぼせ上ってしまう」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
モヤモヤのぼせ上って来た。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
後先あとさき見ずの無分別なことをしてくんなます、のぼせ上がって仕舞うんざますよ、本当に馬鹿らしいじゃアありませんか、しっかりと沈着きなましよ
ちげえねえ、がんがらがんだから、からっきし、話に締りがねえったらねえ。——そこでその坊主がのぼせちまって……」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何か目に見えぬものにのぼせてゐる客気の人でもあるかのやうに、殉教者の如き一本気と、先達のやうな誇りを持つて、羞みを忘れた多くの姿勢をとつた。
山を越えて (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ミスはその話でもつてすつかりのぼせ上つて、トゥロットの手をぐん/\ひつぱつて歩きます。
青い顔かけの勇士 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
ワシリの顔は青くなつて目はのぼせたやうに光つてゐる。もう飲んでゐるなと、己は思つた。果してワシリは通過ぎながら、体を背後へ反らせて、帽を脱いで礼をして、己に言つた。
彼は兄の心を傷つけてやろうとつとめ、ますます下賤げせんなことを述べたてた。クリストフはたけりたつまいと一生懸命に我慢した。がついに悪口の意味がわかると、かっとのぼせてしまった。
若い将校は、嬉しさにのぼせながら、今一つの左手では百人も独逸人を殺したらしい顔をして手先をもじ/\させてゐたが、それでも四辺あたりを気にしてその手を吹聴する事だけはしなかつた。
……それがまた莫迦ばかな勤めようで、夕方にくるといえばもう三時頃からコーヒーを沸かし、夜店の南京鼠じゃあるまいし、扉口から出たり入ったり、こっちまでのぼせ上ってしまうんでございます
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
エレナが取りのぼせたやうな調子で云つた。
立場をえて見ればこのくらい単純な事実は彼等の社会に日夜間断なく起りつつあるのだが、本人のぼせ上がって、神にまれているから悟りようがない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自家でなら、もつと/\さんざんにやられても黙つてゐる父なのに、やつぱり周囲の眼を慮つて斯んなにのぼせたのか! 彼はそんなに思つて一寸父を軽蔑した。
父の百ヶ日前後 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
と云われるから胸に込上げて、又市のぼあがって、此度こんどなお強く藤助の胸ぐらを取ってうーんと締上げる。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
聞くとのぼせ上がってしまった。決闘するとはなんという考えだ! あんな奴らと決闘するってことがあるものか。もうけっしてふたたびそんなことをしないと、すぐに約束してくれたまえ。
赤城の方から雷鳴かみなりがゴロ/\雷光いなびかりがピカ/\その降る中へ手拭でスットコかむりをした奧木茂之助は、裏と表の目釘を湿しめして、のぼせ上って人を殺そうと思うので眼もくらんでる。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
世話好な夫人は、この若い二人を喰っつけるような、また引き離すような閑手段かんしゅだんほしいままにろうして、そのたびにまごまごしたり、またはのぼあがったりする二人を眼の前に見て楽しんだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なるほど山の男達が五人がゝりでのぼせてゐるだけあつて、お銀と称ふ、その、先夜の女は、稍風変りな性質を持つたらしい神経質な眼差の、どこかに颯爽たる雰囲気のある美女であつた。
クリストフはカネーに出会ったが、カネーは自動車に乗って、二個のハムと一袋の馬鈴薯ばれいしょとを家に運んでいた。彼はのぼせ上がっていた。自分がもうどの党派に属するかをはっきり知らなかった。
い人だけにのぼせ上り、ずぶ濡れたるまゝ栄町の宅へ帰り、何うやら斯うやら身体を洗い、着物を着替えたが、たもとからどじょうが飛出したり、髷の間から田螺たにしおっこちたり致しました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
つけないうまものだからついべ過ぎてすつかりつうじがとまりましたので、のぼせて目が悪くなつて、誠にどうも向うが見えませんからせまとほりへつて、拝観人はいくわんにんなかへでもむやうなことがあつて
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
すきなものを持って来なましたから起直って、ちっと気の紛れるようにしなましよ、花魁お起きなましよ、そう遣って居ると火気が顔へ当ってのぼせ上るから顔を上げなましよ涙で灰がかたまるざますよ
桑原治平は嬉しいのでのぼせ上りました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)