蝦蟇がま)” の例文
地べたのありを不審そうに観察したり、蝦蟇がまを恐れて悲鳴を挙げたり、その様には私も思わず失笑することがあって、憎いやつであるが
独美、字は善卿ぜんけい、通称は瑞仙ずいせん錦橋きんきょうまた蟾翁せんおうと号した。その蟾翁と号したには面白い話がある。独美は或時大きい蝦蟇がまを夢に見た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
女方術師蝦蟇がま夫人、その本名は冷泉華子、その人の部屋でございます。……所は海岸、芹沢の郷、……江戸の中ではございません。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
麻布の蝦蟇がま池(港区元麻布二丁目一〇番)、この池は山崎主税之助ちからのすけという旗本の屋敷の中にありましたが、ある夏の夕暮でした。
江戸の化物 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
砂の色は妙に曇つてゐたから、白井権八や小紫もやはりもの寂びた姿をしてゐた。それから長井兵助ながゐひやうすけと称した。蝦蟇がまあぶらを売る居合抜ゐあひぬきである。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「我輩は蝦蟇がまの主を見たことがある。蝦蟇の主と言っても分るまいが、我輩の家の池に素晴らしく大きな蝦蟇が一ぴきいる」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして、それと関聯して、寄席の芸人が物真似ものまねをする、蝦蟇がま膏売あぶらうりの、滑稽なようでいて、どことなく物凄い妙な口上が、耳元に浮かんで来た。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
主人は月の二十一日には、きまつたやうにお大師参りをする。お大師参りの途中には、薄汚い、物貰ひが居て、蝦蟇がまのやうに土の上にかい蹲踞つくばつてゐた。
この黒壁には、夏候かこうぴきの蚊もなしと誇るまでに、蝦蟇がまの多き処なるが、乞食僧はたくみにこれをあさりて引裂きくらうに、おおむ一夕いっせき十数疋を以て足れりとせり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭には鼬鼠いたちや青大将や蝦蟇がまが出没した。祖母は雑巾の上から青大将を掴むと、敷石の上に叩きつけた。鼬鼠は鼠捕りを仕掛けて置くと、それによくかかった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
平忠度たいらのただのりの腰掛石、水の流れのようなしわのあるのがなんか石、蝦蟇がま石、あの中島の松が前から見れば兜松かぶとまつ、後ろから見れば鎧松よろいまつ、兜かけ松、鎧かけ松とも申します
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
日頃は醜い蝦蟇がまかなんかのように思っていた貫兵衛も、今の場合では、たった一人の救いの神でした。
以前は布袋ほていとか蝦蟇がま仙人などを手本にやったが、美術学校が始まるようになってからは、そんなものは生徒が面白がらないので写生風なものをやるようになっていた。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
いずれもいつも妙な老婆(じつは古蝦蟇がまの化けたのだが)が出てきて、陰で魔法を使い周囲の調和や主人公にまつわる運命の糸を操っていることがまったく同様である。
東奥異聞 (新字新仮名) / 佐々木喜善(著)
私はまるで蝦蟇がまの相になってじっとおにらみしていますと、気味の悪い卑しい女めと思召して手をひどくおつねりになりましたのは匹夫の恋のようで滑稽こっけいに存じました。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「夏になって御覧なさい。大雨のあとで、あなたは蒼蝿うるさいほど蝦蟇がまの叫びを聴き出すでしょう。あれは皆どぶの中に住んでいるのです。北京にはどこにも溝がありますからね」
鴨の喜劇 (新字新仮名) / 魯迅(著)
石の形は蝦蟇がまうずくまっているようにも思われて、ちょっと渋い姿を見せている。一方の腹面には凹処があって、そこに水が溜る。頂上にはわざと削ったような平面が少しある。
傍に瀕死の病人もなきが如く、ひねもす禅定三昧ぜんじょうざんまいであった。その大いなる趺坐僧の姿は、山寨さんさいを構えて妖術を使う蝦蟇がまのように物々しく取澄して、とりつく島もない思いをさせた。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そう云って両手を差上げたが、両肩から手首近くまで、自来也じらいや彫青ほりものがあるのが、濡れているせいであろうか、巻物をくわえた蝦蟇がまの眼玉がぎろぎろと動いて赤瀬を睨んだように見えた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
毎朝きまつて朝の挨拶をするやうにしてやつて来た大きな蝦蟇がまもこの頃は何処に行つたか姿も見せなくなつた。それにしても其一部も人間に分つてゐない蝦蟇の生活が不思議な気がした。
中秋の頃 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
げ道のために蝦蟇がまの術をつかうなんていう、忍術にんじゅつのようなことは私には出来ません。進み進んで、出来る、出来ない、成就じょうじゅ不成就の紙一重ひとえあやうさかいに臨んでふるうのが芸術では無いでしょうか。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
茜木綿あかねもめんのたッつけを穿き、蝦蟇がまの形をいたしてるものを頭に冠り、すその処に萌黄木綿もえぎもめんのきれが附いて居ますから、角兵衛獅子形かくべえじしがたちで、此の者を、町内の寄合場所へ村の世話人が附いて招待しょうだい致し
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして夕方になると、夏には、輝かしい空気をつき切って空に滑走するつばめの、狂気じみた鋭い叫びが聞こえた。夜は、月光の下で、池の水面に立ちのぼるあわに似た、蝦蟇がまのすがすがしい声がした。
その又前の年の夏には、赤坂見附のほりに、深更人のさだまった後、大きな蝦蟇がまが現れ悲痛な声を揚げて泣くという噂が立ち、或新聞の如きは蝦蟇を捕えた人に金参百円の賞を贈ると云う広告を出した。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
重さ二両半、神力を以て百味の飲食おんじきを化成すれど、最後の一口変じて蝦蟇がまる、もし道心を発し仏僧を供養せば、その苦を免れ身を変じて蛇虺へびとかげと為るも、蝦蟇と金翅鳥こんじちょうに遭わず、黿鼉げんだ魚鼈ぎょべつを食い
気味が悪いけれど、思切って硝子戸を少し開けて、手ランプを出して見ましたら、やっと分りました。それは大きな蝦蟇がまが窓の灯を慕って飛上り、体が重いのでまたしても地面に落る音なのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
池のしも茅萱うちひたす出水には食用蝦蟇がまか夜ただ吼ゆらむ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
蝦蟇がま
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
とその時腹の辺りを目掛けて、巨大な蝦蟇がまが飛びかかって来たのを、片手をあげて叩き落とし、足をあげて踏みつぶした。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「犬養さんのやうにうちが広いと、三月位置いてやつてもいゝのだが……」内藤氏は蝦蟇がま仙人のやうな口元に、にやりと皮肉な笑ひを見せて言つてゐる。
詩人しじんこれでは、鍛冶屋かじや職人しよくにん宛如さながらだ。が、そにる、る、りつゝあるはなんであらう。没薬もつやくたんしゆかうぎよく砂金さきんるゐではない。蝦蟇がまあぶらでもない。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「こちらが少しはお涼しゅうございましょう」と云って爺いさんに連れて来られた黄昏たそがれに、大きな蝦蟇がま一疋いっぴきいつまでも動かずに、おりおり口をぱくりと開けて
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
顏は蝦蟇がまに似てゐると言ふ八五郎の言葉通り、いかにも太々しい感じの、みにくい五十男ですが、その樣子にも顏にも似ぬ、柔かい人づきで、卑屈でない程度の腰の低さや
その道が又、御天気でもじめじめした様な地面で、しげみの中には、大きな蝦蟇がまが住んでいて、グルルル……グルルル……といやな鳴き声さえ立てるのでございましょう。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
笑顔は芝の涌泉堂ようせんどうという本屋の主人で、傍らに著作の筆を執っていたが、何か一つ当り物をこしらえようと考えた末に、かの鬼武の「自来也物語」から思いついて、蝦蟇がまの妖術
自来也の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蝦蟇がまのような顔の娘が、釜の中から這って出て来るものとばかり思っていたが、どうもこれは、わしの魔法の力より、もっと強い力のものが、じゃまをしたのに違いない。わしは負けた。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
平明開発はあるけれども蝦蟇がままないし狐兎も遊ばなくなった。
池のしも茅萱うちひたす出水には食用蝦蟇がまか夜ただ吼ゆらむ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
蝦蟇がま仙人の立姿で蝦蟇を肩に載せています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ふと蝦蟇がまぬしの鳴く声が耳に入ったので
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
……と、不意に一足ヒョロリと前へ出た。蝦蟇がまが大きく引く呼吸いきをするや、空を舞っている蠅が、弾丸たまのようにその口の中へ飛び込んで行くであろう。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
花盛りで一つも実のない、ない実の、そのあってい実の数ほど、大きな蝦蟇がまがのそのそと這いありく。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして鍋に残った蛙の死骸の一つをつまみ上げて、蝦蟇がま仙人のように自分の掌面てのひらに載せたかと思うと、いきなり唇をとがらせてするするとそれを鵜呑にしてしまった。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
足立あだち屋徳右衞門、腰が低くて如才が無くて、非道な取立てをしないから、金貸しの癖に評判の良い男ですが、夕立の後で、庭へ出て來る蝦蟇がまとそつくりの顏をしてゐる癖に
路のまん中にも大きい蝦蟇がまが這い出していたり、人間の生首なまくびがころげていたりして、いやでもそれを跨いで通らなければならない。拵え物と知っていても、あんまり心持のいい物ではありません。
熟麥うれむぎや月夜ひさしき砂利路をもそろ這ひ入る大き蝦蟇がまあり
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「ははあさてはこいつだな」咄嗟とっさに小一郎は感付いた。「女方術師の蝦蟇がま夫人! ……放すかな、永生の蝶を!」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一昨年おととしか、一昨々年さきおととし、この人の筆に、かくもの優しい、たおやかな娘に、蝦蟇がまつらの「べっかっこ。」、それも一つの折檻か、知らず、悪たれ小僧のつぶてをぶつけた——悪戯いたずらを。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
善光はそれには答えないで、蝦蟇がまのような大きなおとがいを動かしながら、じっと後口あとくちを味っていたが、まだ何だか腑に落ちなさそうなところがあるらしく、ちょっと小首をかしげた。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
熟麦うれむぎや月夜ひさしき砂利路をもそろ這ひ入る大き蝦蟇がまあり
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)