疳癪かんしゃく)” の例文
私が疳癪かんしゃくを起して、湯呑みで酒を飲もうとしたら、毒になるから、毒になるからと言ッて、お前さんが止めておくれだッたッけねえ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
赤坊が泣き叫ぶのを聞くことは、めったになく、又私はいま迄の所、お母さんが赤坊に対して疳癪かんしゃくを起しているのを一度も見ていない。
友達は皆私を変人とか仙人とか云ったがあるいはそうかも知れぬ。又ある者は一種の疳癪かんしゃく持ちと評したが、これはたしかに事実である。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
弟の彼も鎌を持たされたり、苗を運ばされたりしたが、吾儘で気薄な彼は直ぐいやになり、疳癪かんしゃくを起してやめてしまうが例であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
灸は薬だからと、灸好きの祖母が許すので、疳癪かんしゃくもちの母は、祖母へ対して不服な時も、父へ対して不満なときも、子供の皮膚を焼いた。
かつ二人の密偵が見当ちがいの場所をいかにも「犬」らしく捜し回って疳癪かんしゃくを起こしているさまを想像すると彼はおかしかった。
お杉はあざけるように高く笑った。如何いかにもひとを馬鹿にした態度である。もううなっては我慢も堪忍もできぬ。市郎の疳癪かんしゃくは一時に爆発した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それはまだ半分も縫い上げられてはいなかった。葉子の疳癪かんしゃくはぎりぎり募って来たけれども、しいて心を押ししずめながら
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そういう発作的な疳癪かんしゃくは半ば病態のせいで、穏やかな精神はそれにくみしていなかった。がその疳癪のために、彼の身体はひどく揺り動かされた。
ラジオ流行の時節にも到底救われない旧人だと見えて、酒の座などで、いきなり、ワァワァワァと唸られると、それこそカッと疳癪かんしゃくが起って来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
先程より疳癪かんしゃくまなじりり上げて手ぐすね引て待ッていた母親のお政は、お勢の顔を見るより早く、込み上げて来る小言を一時にさらけ出しての大怒鳴おおがなり
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それを見た祖母はますます疳癪かんしゃくにさわったと見えて、ほかのことにまでも叱言こごとを言い始めた。祖母はまたつづけた。
お行儀がよくなったせいではなく、息が切れて、しばらくは後が続かなかったせいでしょう。どもりが疳癪かんしゃくを起したように、一生懸命しきいを引っぱたいております。
黄の優しい心づかいを承知していながら、それがうるさいので、少し疳癪かんしゃくを起して大きい声で云いました。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
三方四方面白くなくて面白くなくて、果てはれ出す疳癪かんしゃくに、当り散らさるる仲働きの婢は途方に暮れて、何とせんかと泣き顔の浮世のさまはただ不思議なり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
そこに疳癪かんしゃく拘泥こうでいしていそうだが、これがために獰猛の度はかえって減ずると云っても好いような特徴であった。——この坑夫が始めてこの時口をいた。——
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ彼には弱者の能力の程度がうまくみ込めず、したがって、弱者の狐疑こぎ躊躇ちゅうちょ・不安などにいっこう同情がないので、つい、あまりのじれったさに疳癪かんしゃくを起こすのだ。
他家よそには疳癪かんしゃくを起して、随分御新造様方を手込てごみになさるおうちさえ有りますじゃアございませんか
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そう言ってきめつけそうな目をして、小野田は疳癪かんしゃくが募って来るとき、いつもするように口髭くちひげの毛根を引張っていたが、調子づいて父親を欵待もてなしていた彼女に寝込まれたことが
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
川島家にては平常つねにも恐ろしき隠居が疳癪かんしゃくの近ごろはまたひた燃えに燃えて、慣れしおんなばらも幾たびか手荷物をしまいかけるに、朝鮮事起こりて豊島牙山ほうとうがざんの号外は飛びぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
偏屈の源因げんいんであるから、たちまち青筋を立てて了って、あてにしていた貴所あなた挙動ふるまいすらも疳癪かんしゃくの種となり、ついに自分で立てた目的を自分で打壊たたきこわして帰国かえって了われたものと拙者は信ずる
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そこへきて民子が明けてもくれてもくよくよして、人の眼にもとまるほどであるから、時々は物忘れをしたり、呼んでも返辞が遅かったりして、母の疳癪かんしゃくにさわったことも度々あった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そのころ習い初めた琴をくことさえ止められて、一人で人形をかかえては、遊び相手を欲しがって常は疳癪かんしゃくを恐れて避けている弟をもお祖母様のそばに呼んで飯事ままごと旦那だんな様にするのであったが
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
疳癪かんしゃくをおこしたような、大尉の大きな声に、びっくりして英夫が見ると
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それから全くの浪人となってあしたに暮をはからずという体だったが、奇態に記憶のよい男で、見る見る会話がうまくなり、古道具屋の賽取さいとりしてどうやらこうやら糊口ここうし得たところが生来の疳癪かんしゃく持ちで
(何しろあそこは、虎の門と半蔵門と日比谷との三つの電車の交叉点ですから、無理もないのですが)もどかしくなって疳癪かんしゃくを起こされたと見えて、いきなり『こらっ』と怒鳴られたもんですから
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
郷里くにの実家に、落附こうとすればするほどあたしはジリジリしてくる。どうして好いのか、笑って見たり、怒って見たり、疳癪かんしゃくをおこしてばかりいる。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
監督の武士と捕虜との間に日々にちにち衝突が絶えなかった。朝高も終局しまいには疳癪かんしゃくおこして、彼等をことごとく斬れと命じた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日ごろならばそんな挙動をすぐ疳癪かんしゃくたねにする葉子も、その朝ばかりはかわいそうなくらいに思っていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
父は寝られないと疳癪かんしゃくを起して、夜中に灰吹をぽんぽんたたくのが癖だ。煙草たばこむんだと云うが、煙草は仮託かこつけで、実は、腹立紛れに敲きつけるんじゃないかと思う。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此家の主人あるじは彼小笠原に剣をなげうつ可く熱心ねっしん勧告かんこくしたが、一年後の今日、彼は陸軍部内の依怙えこ情実に愛想あいそうをつかし疳癪かんしゃくを起して休職願を出し、北海道から出て来たので
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
最後には私も疳癪かんしゃくを起して、もう一度兄を探し出して精神病院へ入れてしまうんだと云いました。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
宮廷の管弦楽は彼の指揮のもとに、ライン地方でかなりの名声を得た。そしてジャン・ミシェルは、その格闘者めいた体格と激しい疳癪かんしゃくとで、広く人のうわさになっていた。
時々破裂する伯父の疳癪かんしゃく(その故に伯父はやかまの伯父と、甥や姪たちから呼ばれていた。)
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
お噂を致しておりましたが実に夢の様な心持でございましてねえ、それは貴方とは別段に中がくってねえ、旦那がいつ疳癪かんしゃくを起しておいでなさる時にも、関取がおいでなさいますと
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お島は帯をときかけたままの姿で、押入によっかかって、組んだ手のうえにおもてを伏せていた。疳癪かんしゃくまぎれに頭顱あたまを振たくったとみえて、綺麗きれいに結った島田髷の根が、がっくりとなっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一生独身で通したヘンデル、激情家で皮肉屋で大食で疳癪かんしゃく持ちで、そのくせ、悲しいアリアを涙を流しながら書いたヘンデルは、破産の直後でさえも慈善事業に背を見せるようなことをしなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
ここに怪しいことのございますのは、お俊の様子がひどく変ったことでございます、なんとなく私を看護するそぶりが前のようでなく、つまらぬことに疳癪かんしゃくを起して私につらく当るのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「どうしたの。また疳癪かんしゃくおこしておいでだね」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
どっちを割るんだと云えば無論頭を割るんだが、幾分か壁の方も割れるだろうくらいの疳癪かんしゃくが起った。どうも歩けば歩くほど天井てんじょうが邪魔になる、左右の壁が邪魔になる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
開いてる。疳癪かんしゃくまぎれに私の顔までつばを飛ばした。ああ、お祖父じいさんを殺すかもしれない……。
気に入った句が拾いだせないので、疳癪かんしゃくをおこし、取りちらかした書籍しょもつを、手あたり次第に引っつかんでほうりだしたとき、ふとした動機で桜津が思いちがいをしたのだった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
源三郎はもう我慢も勘弁も出来なくなって、不平と疳癪かんしゃくが一時に爆発したのであった。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
打ちえられさえしても、屠所としょの羊のように柔順に黙ったまま、葉子にはまどろしく見えるくらいゆっくり落ち着いて働く愛子を見せつけられると、葉子の疳癪かんしゃくこうじるばかりだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「おいでなされませ、かまうもんかね、疳癪かんしゃくまぎれに何言うたて……」
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ふたたび何かの機会がありさえすれば、ますますひどく疳癪かんしゃくを破裂さした。その極端な癇癖かんぺきは、年とともにつのってきて、ついに彼の地位を困難ならしめた。彼はみずからそれに気付いた。
夕立を野中に避けて、たよりと思う一本杉をありがたしとこずえを見れば稲妻いなずまがさす。こわいと云うよりも、年を取った人に気の毒である。行き届かぬ世話から出る疳癪かんしゃくなら、機嫌きげんの取りようもある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
前回に書いた舞踊研究会の「空華くうげ」の時、松岡さんと、私の好みと、鈴木鼓村さんの箏曲そうきょくとがぴったりしたので、松岡さんが進んで会員となられたのだが、今度は、その松岡さんが随分お疳癪かんしゃく
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
やかましい、引込ひっこんでいろ。」と、市郎は疳癪かんしゃくおこして呶鳴どなり付けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は自分の感じ方を他人にいまいといくら控えても、やはり寛大な措置には出られなかった。以前の激しい性質がまだすっかりは抑圧されていなかった。そして時とすると疳癪かんしゃくを起こした。