甲走かんばし)” の例文
不夜城を誇り顔の電気燈にも、霜枯れ三月みつきさびしさはのがれず、大門おおもんから水道尻すいどうじりまで、茶屋の二階に甲走かんばしッた声のさざめきも聞えぬ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
このオソラクが甲走かんばしった声であったので、自分はふと耳を立てると、男の声で「オソラクってそりゃ何の事だ。誰に習ったのか」
雪ちゃん (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
甲走かんばしった声が聞えました。誰の発言かと見れば、それは焼けて壊れた提灯を膝の上に載せていた神尾主膳の口から出たものであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と女中は思入おもいいれたっぷりの取次を、ちっとも先方気が着かずで、つい通りの返事をされたもどかしさに、声でおどして甲走かんばしる。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
レエヌさんは、憎悪に満ちた眼差しでキャラコさんの顔をにらみつけると、息をはずませながら、甲走かんばしった声で、叫んだ。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
『では……では何日いつか——』と、平四郎の声の方が、ふるえを帯びて、むしろ彼女よりは、女々めめしく聞えるほど甲走かんばしった。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲走かんばしったその声が、彼の脳天までぴんと響いた、作は主人の兄にあたるやくざ者と、どこのものともしれぬ旅芸人の女とのなかにできた子供であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
という甲走かんばしった声諸共に、中川夫人は未だ寝ていた主人公のところへ飛んで来るが早く、両手を捉えて引き起した。
髪の毛 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と、倭文子の甲走かんばしった声が叫んだ。日頃の彼女が、夢にも口にすべき言葉でない。これを以ても、その時二人が、如何に激し合っていたかが分るのだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ブラ/\遊んでをるごくつぶしめア、今にあん通りになるんぢや」と私にこはい凝視を投げて甲走かんばしつた声で言つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
次第次第に糸のように甲走かんばしって来て、しまいには息も絶え絶えの泣き声ばかりになって、とうとう以前もとの通りの森閑とした深夜の四壁に立ち帰って行った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
甲走かんばしるきいの声は、焔と煙とをいて、板屋の棟にいる宮内に届いた、宮内はゲラゲラと、精力を一途に集めたような、笑い声を上から浴せかけてむくいた。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
不夜城を誇顔ほこりがおの電気燈は、のきより下の物の影を往来へ投げておれど、霜枯三月しもがれみつきの淋しさはまぬかれず、大門から水道尻まで、茶屋の二階に甲走かんばしッた声のさざめきも聞えぬ。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
近所の小屋もみな打ち出したとみえて、世間は洪水のあとのようにひっそりして、川向うの柳橋の桟橋さんばしで人を呼ぶ甲走かんばしった女の声が水にひびいて遠く聞えるばかりであった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
せばいへうち羽叩はばたにはとりこゑがけたゝましくみゝそこひゞいた。おつぎはまだすや/\としてねむつてる。隙間すきままぶたひらいたやうにあかるくなつたときにはとり甲走かんばしつていた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「あらごらんよ、踊っているからさ」と云う甲走かんばしった女の声も聞える——船の上では、ひょっとこの面をかぶった背の低い男が、吹流しの下で、馬鹿踊を踊っているのである。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
音声としては、甲走かんばしった最高音よりも、ややさびの加わった次高音の方が「いき」である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
中には友禅ゆうぜんの赤い袖がちら附いて、「一しょに乗りたいわよ、こっちへおいでよ」と友を誘うお酌の甲走かんばしった声がする。しかし客は大抵男ばかりで、女は余り交っていないらしい。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
授業中で、学童の誦読しょうどくの声にまじって、おりおり教師の甲走かんばしった高い声が聞こえる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
美奈子はりんとした甲走かんばしつた声で云つた。執達吏と山田とは文庫を一寸ちよつと開けて見て
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
紀久榮の聲は次第に甲走かんばしつて、平次の胸倉くらゐは掴み兼ねない劍幕でした。
「まあ誰ぞいの」と機を織っていた女が甲走かんばしった声を立てる。藁の男が入口に立ちふさがって、自分を見て笑いながら、じりじりとあとしざりをして、背中の藁を中へ押しこめているのである。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
と、かれこえ甲走かんばしらして、地鞴踏じだんだふんで、同室どうしつ者等ものらのいまだかつて騒方さわぎかた
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
とき神學しんがく議論ぎろんまであらはれて一しきりはシガーのけむ熢々濛々ぼう/\もう/\たるなかろくしち人面じんめん隱見いんけん出沒しゆつぼつして、甲走かんばしつた肉聲にくせい幾種いくしゆ一高一低いつかういつてい縱横じゆうわうみだれ、これにともな音樂おんがくはドスンとたくおと
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
お米が甲走かんばしつて叫んだのは、蟒が立上つたところらしかつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
甲走かんばしった声がすぐ響いた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
徳太郎とくたろうこえ甲走かんばしった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そうすると神尾主膳は、先程はやや甲走かんばしっていた声がようやく落着いて、提灯をかせに使いながら、一人舞台のように主張をはじめてしまいました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と差配になったのが地声で甲走かんばしった。が、それでも、ぞろぞろぞろぞろと口で言い言い三人、指二本で掻込かっこ仕形しかた
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その甲走かんばしったヒステリカルな声は、絶え間なく、次から次へ響き渡って、へやの中に充ち満ちし電燈の光りを波のように打ち震わしているかのように思われた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大垣の商人らしき五十ばかりの男しきりに大垣の近況を語りせきはらいくさを説く。あたりようやく薄暗く工夫体こうふていの男甲走かんばしりたる声張り上げて歌い出せば商人の娘堪えかねてキヽと笑う。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あぶない溝板を渡りながら路地の奥へはいってゆくと、甲走かんばしった女の声がきこえた。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、かれこゑ甲走かんばしらして、地鞴踏ぢだんだふんで、同室どうしつ者等ものらいまつて騷方さわぎかた
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と再び甲走かんばしって、秀子さんはサッサと行ってしまった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
幾間か隔てて、お近の聲が甲走かんばしるのです。
その跫音へ、玉枝の声が、甲走かんばしッた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲走かんばしった声で言った。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
甲走かんばしる声は鈴のよりも高く、静かなる朝のまちに響き渡れり。通りすがりの婀娜者あだものは歩みをとどめて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……遠い、高い処でからすがカアカアといている……近くの台所らしい処で、コップがガチャガチャと壊れた……と思うと、すぐ近くの窓の外で、不意に甲走かんばしった女の声……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
表は次第に賑やかになって、灯の影の明るい仲の町には人の跫音あしおとが忙がしくきこえた。誰を呼ぶのか、女の甲走かんばしった声もおちこちにひびいた。いなせな地廻りのそそりぶしもきこえた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お銀様の泣き声は甲走かんばしってしまいました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、さすがに声は甲走かんばしっていた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と伯母はたちま甲走かんばしった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ちょうどこの時分用事あって、雪の下を通りかかり、かねて評判が高いので、怯気々々びくびくもので歩いて行くと、甲走かんばしった婦人おんなの悲鳴が、青照山のこだまに響いて……きい——きいっ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中野学士の語尾が少し甲走かんばしった。又野の瞳がキラキラと光った。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と恐ろしく甲走かんばしった。
一年の計 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
キャキャとする雛妓おしゃく甲走かんばしった声が聞えて、重く、ずっしりと、おっかぶさる風に、何を話すともなく多人数たにんずの物音のしていたのが、この時、洞穴ほらあなから風が抜けたようにどっ動揺どよめく。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
甲走かんばしつたこゑびせて、やつこまた團扇うちはを、ばた/\、ばツとあふぐ。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
甲走かんばしった早口に言い交わして、両側から二列に並んでげ出した。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)