ごう)” の例文
君の文学は坦々としてごうも鬼面人を驚かすようなこと無く、作中に凡庸社会を描叙しながら、そのうちに無限の人間味を漂わせたり。
弔辞(徳田秋声) (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
彼らも喧嘩けんかをするだろう。煩悶はんもんするだろう。泣くだろう。その平生を見ればごうも凡衆と異なるところなくふるまっているかも知れぬ。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
尤も、専門化しすぎるからと言って、難解であるからと言って、それ故それが、偉大な文学である理由にはごうもならないものである。
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
私のいうところの必要及びぜいたくはかくのごとき意味のものであって、ごうも個人の財産または所得のいかんを顧みざるものである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
しかるに、先帝の御快復を祈り奉るがごときは、ごうも利己私心あるにあらず、公明正大の至誠をもって天地の至誠に訴えたのである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
磐梯山破裂ばんだいざんはれつあとにはおほきな蒸氣孔じようきこうのこし、火山作用かざんさよういまもなほさかんであるが、眉山まゆやま場合ばあひにはごう右樣みぎよう痕跡こんせきとゞめなかつたのである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
敵の強さは、ごうも怖るるにたりないが——と前提して、龍興の行状、国内の不統一、民心の怨嗟えんさ、眼にみえない亡兆ぼうちょうを一々あげて
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さても彼は、安政六年五月二十五日において、いよいよおおやけの筋より江戸檻致かんちの命を聞くに至れり。彼はこれを聴いて、ごうおどろく所なし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
文壇ずれごうも無い、謙遜温雅な態度のうちに、一脈鬱々たる覇気があって、人をして容易にれしめないのは、長袖者ちょうしゅうしゃ流でないからである。
日本探偵小説界寸評 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君が鰡堀りゅうぼり出会であったのも大体だいたい同種の物だろう、と云いおわって、他を語りごうも不思議らしくなかったのが、僕には妙に不思議に感じられた。
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
二郎君に嫌疑をかけた第一の理由は、この火繩銃が彼の所有品である事にるらしいのですが、これはごうも理由にはならないと思います。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これに反していたずらに美人の名に誘われて、目に丁字ていじなしと云うやからが来ると、玄機はごうも仮借せずに、これに侮辱を加えて逐い出してしまう。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そしてハムムラビ法典の発見の法学におけるは、海王星の発見の星学におけると、その重要なる点においてごうも異なる所はないのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
それゆえ、罪悪を防ぐための設備はごうも入要がない。修身、道徳というようなことは彼らの国民には何の必要もないのである。
理想的団体生活 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
たとい清国にして如何いかに大兵を養うも、これを働かすだけの国力——財力——のないことは、明白なる事実であるからごうも恐るるに足らぬ。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
しかしこれ一部を以て全部をおおうものである。一度旧約聖書をさって新約に入らんか、この種の陰影はごうも認めがたいのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ればその十八世紀に対する考証研究の態度はごうも詩歌小説創作の心境と異る所なく熱烈にしてまた繊細なる感情に満ちたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そういうのが無数に寄り集まってこそ、初めて現在のごとき科学の壮麗な殿堂が築き上げられたということはごうも疑う余地のないことである。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
正直なる者に正直にせよと勧むるは無用なり、正直ならざる者に正直にせよと勧むるも口のさきの講義これをしてごうも正直ならしむる能はず。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ことに愉快なことは、今、亜砒酸を用いて毒殺をったならば、医師は前述の理由で、コレラと診断し、ごうも他殺の疑を抱かないに違いない。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
無上の幸福、無上の満足がその間に湧き出る。天地間の宝蔵は無限であるから、彼はごうも材料の枯渇をうれうるには及ばない。
「わが輩は勇気についてはごうも疑わん。望む所は沈勇、沈勇だ。無手法むてっぽうは困る」というはこの仲間にての年長なる甲板士官メート
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
時に諷刺を目的とするような「おはなし」が生まれることもあるが、グリムにあっては筆者の作為はごうも加わっておらぬ。
『グリム童話集』序 (新字新仮名) / 金田鬼一(著)
もしそれ電話装置を看破し能はざりし如きは大功中の小過、ごうもその勝利の価を減ずべきものにあらず。ここに感嘆と尊敬との意を表す。以上。
種々欠点をあげて非難されだろうこともごうも残念だとは思わなかったし、僕の死体を探すために出される捜索隊のことや
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
しかし独立の言葉として深い意味がみ取られるということは、ごうもこの一篇の全体的構図を否認する理由にはならない。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
主人の委託を受けてみずから任じたる一両の金を失い、君臣の分を尽くすに一死をもってするは、古今の忠臣義士に対してごうも恥ずることなし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼等の衝動が、道路完成迄永続きするか、どうか、それは私にとってごうも問題でない。彼等がそれを企てたということ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
神はごうもおれを知らぬ。施与のない忠実な不幸というのはいいものだな。おれはなにひとつ神に負うところはないと、自分にいってもいいのだ。——
衣裳戸棚 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
かかる無辜むこの人々をごうも罰する理由はない。もしその罪を問うことが必要ならば、必竟ひっきょうその罪の帰するところは彼らにあらずして全く私に在るのである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
純粋というのは、普通に経験といっている者もその実は何らかの思想を交えているから、ごうも思慮分別を加えない、真に経験其儘の状態をいうのである。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
福助の小町は女なれども道のために身を捧げてごうも惜むことなくりんとして動かすべからざる気概見えてすこぶる好し。
日本の評家等が僅に「芸術論」の一部を抽読ちゆうどくして、象徴派の貶斥へんせきに一大声援を得たる如き心地あるは、ごうも清新体の詩人に打撃を与ふる能はざるのみか
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
歴史小説と称ばるるものは、歴史的な史実の考証的研究の充分にされたものであって、歴史的事実はごうも曲げずして、新らしき解釈を下した作品である。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
あたかも生きた人間にむかって物言うごとき態度に出て、ごう厭味いやみを感じないのは、直接であからさまで、擬人などという意図を余り意識しないからである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ああ法水がキッパリと云い切った態度からは、ごうもいつものように術策や、詭計らしい匂いが感ぜられなかった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一糸乱れず、脚のリズムで、スタアトからゴオルまで、一貫したスパアトで持って入り、しかも、ごうも、調子が変っていないのには、感心させられました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
筑前糸島郡怡土いと村大字高来寺にもまた寺址説がある。『続風土記』にこれを録している。かつて礎石が存したというのみで、ごうも記録を存せぬ。さらに
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
云うまでもありませんが、私の家を存続するとか、尾崎の名を伝えるとかいう気もありませんから、「養子」などのことはごうも特別考慮の必要ありません。
遺書 (新字新仮名) / 尾崎秀実(著)
痛みに堪えかねて、眼球を転ずることさえ叶わず、実に四苦八苦のめにいしも、もと捨てたりし命を図らずも拾いしに、予に於てごうも憂うるに足らず。
沼南の百の欠点を知っても自分の顔へ泥を塗った門生の罪過を憎む代りにあわれんで生涯面倒を見てやった沼南の美徳に対する感嘆はごうも減ずるものではない。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
一体氏郷は父の賢秀の義に固いところを受けたのでもあろうか、利を見て義を忘れるようなことはごうも敢てして居らぬ、此の時代に於ては律義な人である。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
罪悪と不良行為とをあえてしてじず、いわゆる経済学とか社会学とか商業道徳とかいう事は講壇の空文たるにとどまってごうも実際生活に行われていないのである。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
すなわち彼等は長州がつも徳川がくるもごうも心にかんせず、心に関するところはただ利益りえきの一点にして
しかもこの場合、雉子の声がごうも他のものに紛れぬ響を持っているのは、実感の然らしむる所に相違ない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
何となれば、もっと昔のローマ人もオッフラという料理を愛好したそうだからね。これもパンに肉を揷んだもので、伯爵の発明品とごうことなるところがないらしい。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
なお進んでトラスト組織そしきの下に製作せらるる物品ぶっぴんは買い手の相談などはごうかえりみらるるものではない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「代価普通縮緬の三分の一にも満たず、しかも地合光沢等すべて一見ごうも劣らず」とて、「ゆえに官吏学生はもちろん、紳士粋人方が楽着用として実に徳用他に比なし」
面白き二個の広告 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
行文いずれもリリカルな調をそなえ、ごうも枯淡の嫌なきはこの種の著述に於て多とせねばならぬ。
ごうも「日本」の文字あるなく、ヤマトの語に当つるに常に「倭」の字を以てする例となっている。
国号の由来 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)