“斑(ふ)” の例文
上の水分(みくまり)神社の桜も、下の山添い道の山桜も、散りぬいていた。花ビラの斑(ふ)の妖(あや)しい舞が彼の童心を夢幻と昂奮(こうふん)の渦にひきこむのか。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
虎斑(ふ)など色とりどりの褌ひとつになつて無茶苦茶に踊り狂ふのを豊漁踊りと称んでゐたが、踊りとも云へぬただの騒ぎなのである。
円卓子での話 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
堀江の洲(す)にはたくさんの雁が降りる、そのなかに白い雁のむらがっているのは珍らしくないが、稀には斑(ふ)入りの雁がまじっている。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
カキツバタは紫花品が普通であるが、またシロカキツバタという白花品もあれば、またワシノオと呼ぶ白地へ紫の斑(ふ)入り品もある。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
美しい材料ですし、自然の斑(ふ)が既に模様をなしているのですから、あとはよい形さえ与えればよい仕事となるのは必定(ひつじょう)であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「まあ、」と飛んだ顔をして、斜めに取って見透(みすか)した風情は、この夫人(ひと)の艶(えん)なるだけ、中指(なかざし)の鼈甲(べっこう)の斑(ふ)を、日影に透かした趣だったが
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白い斑(ふ)が雲の如くにそれを取り卷いてゐる形は、如何にも珍らしかつたが、遠い都にまで其の評判が高くなつて、葉一枚千圓と呼ばれた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
黄いろな葉をまばらにつけた梢が、高い秋空を低くさえぎって、そのあいだから降る日光の縞に、栄三郎の全身には紫の斑(ふ)が踊っていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一緒に榎(えのき)の実を集めたり、時には橿鳥(かしどり)の落して行った青い斑(ふ)の入った羽を拾ったりした少年時代の遊び友達の側へ帰って行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黒に茶の斑(ふ)のあるのや、白黒の斑のや、鳶いろに斑(ふ)の入ったのや、赤に斑(ふ)の入ったのや、耳の黒いのや、耳の白いのもいた……。
斑(ふ)入りの白い羽を半分開いて前に行くものの背を乗り越し乗り越し走り出た一群の鶏といっしょに、二人の童女が現われ出た。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
藤棚を漉(こ)して来た初夏の陽が、藤の花房の揺れるごとに、乱れた縞のような斑(ふ)をなして、続いて捨て石に腰を下ろした若い娘の肩をさした。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女乞食は、大儀相に草の中から頭を擡(もた)げたが、垢やら埃やらが流るる汗に斑(ふ)ちて、鼻のひしやげた醜い面に、謂ふべからざる疲労と苦痛の色。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それで今度も栃の木の良材を探し、純色で銀色の光りのある斑(ふ)を利用して年老(と)った白猿をこしらえて見ようと思いました。
石には苔(こけ)の斑(ふ)が薄青く吹き出して、灰を交えた紫(むらさき)の質に深く食い込む下に、枯蓮(かれはす)の黄(き)な軸(じく)がすいすいと、去年の霜(しも)を弥生(やよい)の中に突き出している。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔から狐(きつね)色に焼くのを最上としておったようだが、ところどころ濃く、ところどころ狐色に丁度鼈甲(べっこう)の斑(ふ)を思わせるように焼くのが理想的である。
雑煮 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「こりゃあ、えれえことになっている……バラ斑(ふ)が出来ていやすね。……すぐ手当をしねえじゃ、玉なしにしてしまう」
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
万七の渡したのを見ると、斑(ふ)の入った鼈甲(べっこう)の櫛(くし)。銀で唐草を散らした、その頃にしては、この上もなく贅沢(ぜいたく)な品です。
「たいまいの甲羅は十三枚重なっているんです」とおみきは云った、「これを一枚ずつに剥がして、斑(ふ)のあるところと、斑のないところを切り分けるんです」
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
焚火の赤い斑(ふ)が影と入り乱れて、黒い人影のまわりの地を這い、岡や樹立や橋や乾小屋に顫えている。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
真っ黒な血痕が雲のように斑(ふ)をなして居る不思議な図面を、夢中になって覗き込んで居ると
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「それは綺麗ですよ。青磁いろで、黒い斑(ふ)入りで、円錐形に近い楕円で、大きいんです。」
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
斑(ふ)入(い)りの砲弾のように、いかにも硬くかつしっかりした肉饅頭を持って這入って来た。
「毛じゃないです。禿の斑(ふ)が濃くなるんです。地図みたいになっているでしょう?」
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ドウダンツツジの葉と、背向きになって、翠(あお)い地紙に、赭(あか)っちゃけた斑(ふ)が交ったようだ、何枚も、何枚も、描き捨てられた反古(ほご)のような落葉が、下に腐って、半ば黒土に化けている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その毛オリヴ色で白き斑(ふ)あり猫ほど大きく、尋常の方法では殺し切れぬくらい死にがたい(一八八三年ワリスの『巫来(マレー)群島記』一三五頁)のが、平猴の〈大きさ狸(野猫)のごとし
ブラウンと白とで出来あがつた、だんだらの斑(ふ)。この半白の「肉体写真」のうへで、一日の太陽の歩みを、——仮借なく灼きつける、その炎の歌を、まざまざと読みとることができる。
雪 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
ほととぎすはその花瓣の斑(ふ)が普通のものとは異つてゐた。いづれも唯一株だけ生えてをり、その附近には同じ花を見なかつた。水の溜つた田のわきにはおほばたねつけばなの聚落(しゆうらく)が有つた。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
夜(よ)に入(い)れば少し寒うございますなれども五月上旬(はじめ)と云うので、南部の藍(あい)の子持縞(こもちじま)の袷(あわせ)を素(す)で着て、頭は達磨返(だるまがえし)と云う結び髪に、*平(ひら)との金簪(きんかん)を差し、斑紋(ばらふ)の斑(ふ)の切れた鬢櫛(びんぐし)を横の方へ差し
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この若鷹は斑(ふ)の彩色、誇張しているとさえみえる形の一種のそぐわなさからも、実際鷹狩につかう鷹とは凡そかけはなれている。よくよく眺めると、これは一つの図模様としての美しい鷹である。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
佛桑花色(ぶつさうげいろ)の薔薇(ばら)の花、優しくも色の褪(さ)めたところが返咲(かへりざき)の女(をんな)の不思議な愛のやうな佛桑花色(ぶつさうげいろ)の薔薇(ばら)の花、おまへの刺(とげ)には斑(ふ)があつて、おまへの爪は隱れてゐる、その天鵞絨(びろうど)の足先(あしさき)よ、僞善(ぎぜん)の花よ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
梨(なし)の葉に黄色い斑(ふ)ができて、毛のようなものが簇生(そうせい)する。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
木の間をもれる日が、斑(ふ)のように下草にうつっていた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
磯草の斑(ふ)に敷皮の黄金(こがね)をおもひ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
圓(まろ)くおかるゝ斑(ふ)を見(み)れば
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
斑(ふ)じろの鹿の
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
はたして、まもなく雲(くも)の断(き)れまから虹のような陽がこぼれて来た。——見れば輿も人馬の列も、粉雪のような白い斑(ふ)に染まっていた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども、羽に碧緑(あおみどり)の艶(つや)濃く、赤と黄の斑(ふ)を飾って、腹に光のある虫だから、留った土が砥(と)になって、磨いたように燦然(さんぜん)とする。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
弟はまた弟で、榎(えのき)の実の落ちた裏の竹藪(たけやぶ)のそばの細道を遊び回るやら、橿鳥(かしどり)の落としてよこす青い斑(ふ)の入った小さな羽なぞを探(さが)し回るやら。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
例を植物に取ると致しましょう。柔かい桐(きり)や杉を始めとし、松や桜や、さては堅い欅(けやき)、栗、楢(なら)。黄色い桑や黒い黒柿、斑(ふ)のある楓(かえで)や柾目(まさめ)の檜(ひのき)。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
女乞食は、大儀相に草の中から顏を擡(もた)げたが、垢やら埃やらが流るる汗に斑(ふ)ちて、鼻のひしやげた醜い面に、謂ふべからざる疲勞と苦痛の色。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼はかたわらの藪(やぶ)へはいって行ったが、やがて一匹の黄いろい斑(ふ)のある大虎が藪のなかから跳り出て、すさまじい唸(うな)り声をあげてたけり狂うので
二人共に斑(ふ)入(い)りの大理石の欄干に身を靠(もた)せて、二人共に足を前に投げ出している。二人の頭の上から欄干を斜めに林檎(りんご)の枝が花の蓋(かさ)をさしかける。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一つの影が、碑を掠め、薪左衛門の肩へ斑(ふ)を置き、すぐ消えた。鳶が、地上にある鼠の死骸を目付け、それをくわえて、翔び上がったのであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
萬七の渡したのを見ると、斑(ふ)の入つた鼈甲(べつかふ)の櫛(くし)。銀で唐草(からくさ)を散らした、その頃にしては、この上もなく贅澤な品です。
ほがらかな陽が、庭木いっぱいに黄金(こがね)の雨のように降りそそいで、その下を急ぐお露の肩に、白と黒の斑(ふ)を躍(おど)らす。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
羅紗地(らしゃじ)、芭蕉布地(ばしょうふじ)、金剛地、砂子地(すなごじ)、斑紋にいたっては、星出斑(ほしでふ)、吹っかけ斑(ふ)、墨縞、紺覆輪(こんぷくりん)と、きりがない。
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
でも青海亀の甲羅は斑(ふ)の形も、たいまいとはまるで違うじゃないの。この際それもしようがねえんだよ。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かのヒイラギツバキ、キンギョツバキなどは葉の変った品でありまた斑(ふ)入りの葉のものもある。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
真黒な空のところどころに朧ろな斑(ふ)があらわれ、まもなく星が一つ覗いて、臆病そうに片眼で瞬きはじめた。補祭は高い岩壁のうえをたどって行くので、海は見えなかった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)