つかま)” の例文
ここで按摩が殺す気だろう。構うもんか、勝手にしろ、似たものをひきつけて、とそう覚悟して按摩さん、背中へつかまってもらったんだ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女は男が、娘や私たちを認めて、歩を運び出した刹那せつなに、「あたし——」といって、かなりあらわに体をふるわして、私の肩につかまった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「なに臨終だァ? 莫迦ばかをいいなさい生きているものをつかまえて、臨終とは何ごとかッ」大竹女史は、男のようなけわしい顔付をして叫んだ。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このくらい秘密の魅力みりょくに富んだ、つかまえ所のない問題はない。保吉は死を考える度に、ある日回向院えこういん境内けいだいに見かけた二匹の犬を思い出した。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
傳「旦那もう過去ったから構わねえが、此の人が死人しびとと知らずに帯につかまって出ると、死人しにんが出たので到頭ぼくが割れて縛られてきました」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あの場合はまあ脅迫した奴がつかまったから好いですが、もしそうでなかったらですね、令息は監禁せられていたのですよ
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
今ごろは世の栄華に誇り切つた目を上げて、新らしい恋人の耳に私語さゝやいて居ぬとも限らぬ。「昔の事は昔の事。」と男の肩につかまつて居るかも知れぬ。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
思うに「詩」という言語ほど、従来広く一般的に使用されて、しかもその実体の不可解であり、意味のつかまえどころなく漠然としたものはないであろう。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「そんなことはわけはない。あなたは、自分の足をいためたことを怒つて、あなたの底豆をけとばしたやつをつかまへてやらうと思つてゐるんぢやないか。」
虹猫の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「それはあたり前さ。何週間も寝台ねだいの上に寝ていたものが、久し振りに起きたのだから。」こう云って学士が片手をつかまえると、女が反対の側の手を掴えた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
ふらふらして流し場から脱衣場へ逃れ出ようとすると、佐吉さんは私をつかまえ、髯がのびて居ます。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
巡査は女将の手首をつかまへて、表へ引張り出さうとはするが、肥つた女の体躯からだが入口に一杯になつてうにも仕方が無い。強ひて拘引しようとすれば、入口をこはさなければならぬ。
死んだ親爺もおふくろも、にぎやかでお祭り騒ぎが好きで家の中には、笑い声が絶えたことがなかった。兄貴は絵書きになるんだといって家中の誰彼をつかまえてはモデルにしたもんだ。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
男は越中ふんどし一本、女は腰巻一枚、大の字なりになり、鼻から青提灯あおぢょうちんをぶら下げて、惰眠をむさぼっている醜体しゅうたいは見られたものではない。試みに寝惚ねぼけ眼をこすって起上った彼等のある者をつかま
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
だが、それは無効であつたと云へる。女は片足を踏出すと、突然、彼のたもとを——それから身体全体を抱へるやうにつかまへて了つたのである。そこには必死な抵抗すべからざるものがあつた。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
お信さんは私の腕につかまつて、漸く身を支へたが、私も少しひよろ/\したので、その拍子に、提灯が烈しく揺れて、火がパツと消えた。同時にお信さんの下駄の鼻緒が片方切れて了つた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
なんだい、継母じゃないかという眼で玉子を見て、そして、大宝寺小学校へ来年はいるという年ごろの新次をつかまえて、お前は継子だぞと言って聴かせるのに、残酷めいた快感を味っていた。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
平次は子分につかまへさして居る女中の顏を覗いて、こんな事を言つて居ります。
『先生、そこまで御供しやせう。』とまた一人の生徒は橇の後押棒につかまつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お母さまのいらつしやらない小さい坊ちやんは、もうおくみにお馴れになつて、人なつつこさうに手につかまつて帰つてお出でになる。向うの電車の音が、あたりの青い木立の中にきしつて聞える。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「何です何です、泥棒ですか、早くつかまえておしまいなさい」
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は躊躇ためらいがちに、その男をつかまえた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
柱につかまってのぞいたから、どこへおいでることやらと、弥吉はうろうろする内に、お縫はすそを打って、ばたばたと例の六畳へ取って返した。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その柱の一本につかまって青白いいきものが水を掻いている。薫だ。薫は小初よりずっと体は大きい。あごほおすずしくげ、整った美しい顔立ちである。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その忙しさの間に、園長をつかまえてきて、これも料理しスペシァルの御馳走としてぞう河馬かばなどにやらなきゃならんそうで、いやはや大変なさわぎですよ
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おりる時には今にも奈落の底へ墜入おちいりますかと思う程の有様で、実に山三郎もとてももういかんと心得ましたから、只船舷ふなべりつかまって、船の沈んではならんとあか掻出かいだすのみで
といいも終らず、滝太郎はつかつかと庭に出て、飛石の上からいきなりつちの上へ手を伸ばした、はやいこと! つかまえたのは一疋の小さなあり
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼のインチキ男は、檻の鉄棒につかまって、それを前後に揺り動かしながら、私に向って訳のわからぬ言葉でののしった。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あたくし、久しく行水しないから、この綺麗きれいな水へ入って汗を流したいのよ。あたりにだれもいませんから、あなたも一緒いっしょに入ってうでつかまらしといて下さらない、こわいから」
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
本人にも一向つかまえ処はない。いつも見る景色だけれども、朝だか、晩方だか、薄曇った日中ひなかだか、それさえ曖昧あいまいで、ただ見える。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
チェリーは外へ逃げだしたが、そこで深夜の街を歩いていた丘田医師につかまったのだった。掴るというよりも、むしろ助けられたといった方が当っていた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は客の誰彼をつかまえてはニューヨークの文士村グリンウィッチビレージの話をした。巴里パリの芸術街を真似まねようとするこの街はアメリカ人気質と、憧憬による誇張によって異様で刺激的なものがあった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
稲妻をつかまえそうな慌て方で、ざぶざぶ真中まんなかおっかける、人のあおりで、水が動いて、手毬は一つくるりと廻った。岸の方へ寄るでねえかね。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鉄梯子につかまって、上を見ると、政は、気息奄々きそくえんえんたる形であるが、早くも半分ばかりの高さまで登っていた。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
千歳が呆れるのも構わずに、慶四郎は無造作に千歳の肩をつかまえて向を変えさせ、腕を抱えてぐんぐん外へ連れ出した。家にいるときも慶四郎は悪気もなくよく突飛なことをする男だった。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ちょうど今しがた、根津の交番で、いたく取乱した女が一人つかまったが、神月という人を尋ねるのだとばかりで、取留とりとめのないことを言っている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実はルナ・アミーバーを一匹つかまえたんだ。そいつは、この門の近くの沼に浮いているのを見付けたんだ。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして船の中へ移るとき、わざとよろけて柚木の背を抱えるようにしてつかまった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
どうかして、座敷へ飛込とびこんで戸惑いするのをつかまえると、てのひらで暴れるから、このくらい、しみじみと雀の顔を見た事はない。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大胆不敵の兇賊きょうぞく痣蟹仙斎あざがにせんさいが隠れ柱の中に逃げこもうとするのを、素早く覆面探偵青竜王がムズとつかまえたと思ったが、引張りだしてみると何のこと、痣蟹の左足の長靴と
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして船の中へ移るとき、わざとよろけて柚木の背を抱えるようにしてつかまった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
まへとほけるばかりで、身體からだすくみます。歩行あるけなくつたところを、つかまつたらうしませう……わたしんでしまひますよ……をんなよわいものですねえ。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
僕の考えでは、黒田さんは、私を襲ったと同じ怪物に、いきなりさらわれたんだと思いますよ。あの怪物が、追っかけた黒田さんの身体をつかまえ、空中へさらいあげたのでしょう。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貴女、それこそ乳母おんば日傘で、お浅間へ参詣にいらしった帰り途、円い竹のらちつかまって、御覧なすった事もありましょう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうそう、ミツ坊に、この靴下を持ってってやらなきゃあ。おじいさんは、靴下を早く持って行けと云っときながら、あたしのことをつかまえてモルモットの話なんだからねえ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けれども、私だって、まるで夢を見たようなんですから、霧の中を探るように、こう前後あとさき辿たどり辿りしないと、ぼうとしてつかまえられなくなるんですよ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ほう、もう八時に二分しか無いね。先生、また女の患者にでもつかまってんのじゃないか」
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
五合ごんつくふるまわれたおかげにゃ、名も覚えりゃ、人情ですよ。こけ勘はお里が知れまさ、ト楫棒かじぼうつかまった形、腰をふらふらさせながら前のめりに背後うしろから
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのうえに、路がだんだん泥濘ぬかってきて、一歩力を入れてのぼると、二歩ズルズルと滑りおちるという風だった。それをそば棒杭ぼうぐいつかまってやっと身体を支え、ハアハア息を切るのだった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
浴室ゆどのだ、浴室ゆどのだ。ておいで。と女中ぢよちゆう追遣おひやつて、たふむやうに部屋へやはいつて、廊下らうか背後向うしろむきに、火鉢ひばちつかまつて、ぶる/\とふるへたんです。……老爺おぢいさん。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)