むし)” の例文
「第三がありますよ、——前の晩もう一人の妾お吉と、大喧嘩をしてゐますよ。むしる、引つ掻く、つ、蹴るの大騷ぎだつたさうで」
てついている氷の道を踏んで、もう元日ではあるが、まだ真っ暗な天地の中へ、毛をむしられた寒鳥かんどりのように、悄々しおしおと出て行った。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
花をむしるも同じ事よ、花片はなびらしべと、ばらばらに分れるばかりだ。あとは手箱にしまっておこう。——殺せ。(騎士、槍を取直す。)
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを二度ばかり振ってみたうえ、枯草をむしり取ってきれいに拭き、ゆっくりとこちらへ戻って来て、いいぞ、と三人に云った。
螢草ほたるぐさ鴨跖草おうせきそうなぞ云って、草姿そうしは見るに足らず、唯二弁よりる花は、全き花と云うよりも、いたずら子にむしられたあまりの花の断片か
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
双方の御手でひきちがえ掻むしっていられたことであったが、悩みは弥増いやますばかり、あたかもふぐりに火がついて乗物いっぱいに延びひろがり
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「一本切りだ、風でむしってじゃて、一本ほか無えだ」と、彼はこう言った、そうして「又一本立てよう」と休息の合図をした。
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
皆まで聞かずに、勘次の押さえている味噌松の両袖を、何思ったか藤吉はめりめりとむしり取った。と、裸かの右腕に黒痣くろあざのような前歯の跡。
には卯平うへい始終しじゆくさむしつて掃除さうぢしてあるのに、蕎麥そばまへに一たん丁寧ていねいはうきわたつたのでるから清潔せいけつつてたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ふれれば益々痛むのだが、その痛さが齲歯むしばが痛むように間断しッきりなくキリキリとはらわたむしられるようで、耳鳴がする、頭が重い。
さう云ふ房一の前に立つて、徳次は子供が手いたづらをするのとそつくりな様子で傍にひよろ長く生えてゐた草を片手でむしりとり、口にくはへた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
毛布にも附着しているだろうと思って改めてみると、幸いなことにほんの僅かついているだけだった。彼はそこのところの毛を一生懸命でむしった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
金造 (漸く隔ての壁の貼紙に心づき引剥す、下は木舞竹こまいだけあらわな壁穴。木舞竹をむしり)俺だ俺だ。俺を入れてくれ。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
咽喉のどを切り開かれている将校を見た時には、血の出るのも気付かずに、自分の咽喉仏の上を掻きむしっていたようです。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は残酷に在来の家屋をむしって、無理にそれを取り払ったような凸凹でこぼこだらけの新道路のかどに立って、その片隅かたすみかたまっている一群いちぐんの人々を見た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むしりおおせたから、おろさせると、とうに従って血はつぶつぶと出で、堪えがたい断末間の声を出して死んで終った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ねたましさに、むしってもやりたいようなお今に、しゃぶりついて泣きたいような気もしたのであったが、やはり自分を取り乱すことが出来なかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
子供は眞赤に怒つて妻の胸のあたりを無茶苦茶に掻きむしつた。圭一郎はかつと逆上のぼせてあばれる子供を遮二無二おつ取つて地べたの上におつぽり出した。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
大きな声を張りあげてときをつくり、あまつさえ古蓆ふるむしろのように引きむしられたはねでバタバタと羽搏はばたきをやらかしていた。
しかし途方に暮れて一服しながら、何気なくパラパラとめくった次のページあたりからは、だいぶむしられもせずかなりの長さで引き続いているように思われた。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そういうことに出会うごとに彼女はどうしようにも仕方のない情けなさと、腹立たしさに心を掻きむしられた。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
誰か忍び込んでこの本を探し、その大事な二ページだけをむしり取ったものである。男爵も博士も驚いてしまった。
彼らは地にひれ伏して草をむしりながら悲鳴を上げた。反耶は悶転もんてんする彼らを見ると、卑弥呼にその体刑を見せんがために彼女の部屋の方へ歩いていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
肉は食べやすいように小さくむしり魚は小骨一つ残さず取り去り、御飯やお湯は必ず自分の舌で味わってみて、熱すぎれば根気こんきよくさましてからくれるのだった。
あかいちぢみのガウンから真っ白い手足が、湯立ったキャベツの茎のように浮き出ているのが、そう云う時には又運悪く、変に蠱惑こわく的に私の心をむしりました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一旦男が承知した事だからひるみも成らず、立って行って壁に掛けた着物を取り、言葉の通りに其の裏から衣嚢を握って引きむしり、爾して夫人の傍へ持って行くと
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
肉をむしり心を刺す此の一念は、世間から云へば分別盛りの年齡の私をして十九廿歳はたちの青年よりも甚しく、到る處の艶しい小路々々こうぢ/\彷徨さまよはせた。何と云ふ狂亂であらう。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
根太ねだたヽみ大方おほかたち落ちて、其上そのうへねずみの毛をむしちらしたやうほこりと、かうじの様なかびとが積つて居る。落ち残つた根太ねだ横木よこぎを一つまたいだ時、無気味ぶきみきのこやうなものを踏んだ。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「あんまり急にやるからいけないんだ。手を握ったまま動かしちゃだめだよ。髪の毛をむしるんじゃあるまいし。その足を使うんだ、足を……。どうもしてないじゃないか」
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
酒のない猪口ちょくが幾たび飲まれるものでもなく、食いたくもない下物さかなむしッたり、煮えつく楽鍋たのしみなべ杯泉はいせんの水をしたり、三つ葉をはさんで見たり、いろいろに自分を持ち扱いながら
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
仔馬は、しまいには親馬の背中から草をすこしばかりむしりとって、何という事もなしにそれを横にくわえている。その中には、草の花のようなものまでじっているのが見える。……
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かかる書類に眼をつからせ肩をはらし命をむしり取られて一世を送るもあに心外ならずや
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
人間にんげんくさをただくさとのみかんがえるから、矢鱈やたらはなむしったり、えだったり、はなはだしくこころなき真似まねをするのであるが、じつうと、くさにもにもみなせい……つまりたましいがあるのじゃ。
其の蕾をむしり取つたので、村の若い衆は他所の者に第一指を染められては顏が立たぬと騷ぎ出し、暗にまぎれて千代松を袋叩きにしようとしたこともあつたのを、お安の父が事面倒と見て
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
自分の体の毛をむしって、それを口で吹いて、その毛を自分の姿にしたという、あの時その孫悟空のように口を尖らしてフーフー銀貨を吹き耳の辺へ持って行った結果、ちゃアんと芽出度めでた
赤げっと 支那あちこち (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
梅雨時つゆどきを繁りはびこる雑草は今のうちにむしって置く方が好い。それがまた適当な仕事のように思われたからである。挘るといっても大半は鎌を使わねばならない。庭はそれほど荒れているのだ。
と言って、子供はその花を一つむしる。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昨夜も旦那の言傳を持つて來て直ぐ歸らうと思ひましたが、若い女が二人でむしり合つてゐるのを見ると、放つて置くわけにもまゐりません。
先達も立構えで、話のうちむしって落した道芝の、帯の端折目はしょりめに散りかかった、三造の裾を二ツ三ツ、あおぐようにはたいてくれた。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから、昼弁当の結飯むすびをこしらえ、火にかざして、うす焦げにして置いて、小舎の傍からむしって来た、一柄五葉の矢車草の濶葉に一つずつ包む。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
千浪は、泣き死んだように、花びらの中に顔を埋めている……もう動きもせずに泣いているか——と重蔵ははらわたを掻きむしられるような思いがした。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手拭の折ったのを茶人みたように禿頭に載せたり浅い姉さん冠り式にしたりして、草をむしったり落葉を掻いたりした。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
雨滴あまだれといに集まって、流れる音がざあと聞えた。代助は椅子から立ち上がった。眼の前にある百合の束を取り上げて、根元をくくった濡藁ぬれわらむしり切った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大体が二センチばかりもある厚いノートであったからどのくらいがむしりとられているのかはハッキリしないが、よほどの厚さを破り去られているらしいのであった。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
父親はお庄の真赤になって炙っている玉蜀黍を一つ取り上げると、はじ切れそうな実を三粒四粒指でむしって、前歯でぼつりぼつりみ始めた。四方あたりはもう暗かった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その農夫たちの家もやはり土塀の中にあったが、彼らも何人なんびとの姿も見なかった。それからみんなは叢という叢を掻き𢌞したり、円柱にからみついている蔓草を引きむしった。
是は名聞みょうもんのための法会である、名聞のためにすることは魔縁である、と思いついたので、遂に願主とむしりあい的諍議そうぎを仕出してしまって、折角の法会を滅茶滅茶にして帰った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
清潔好きれいずきかれ命令めいれいされるまでもなく、にはにぽつちりでもくさえればむしらずにはられない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そのはずみにひよろ長く生えた雑草に手を伸して引きむしり、それを口にくはへた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
だからそれを味わうのは栽培者たる私の当然の報酬であって、他の何人にもそんな権利はない筈であるのに、それが何時いつの間にかあかの他人に皮をむしられ、歯を立てられていたのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)