たわむれ)” の例文
旧字:
さるにても暢気のんき沙汰さたかな。我にへつらい我にぶる夥多あまたの男女を客として、とうとき身をたわむれへりくだり、商業を玩弄もてあそびて、気随きままに一日を遊び暮らす。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その頃偶然黒田清輝くろだきよてる先生に逢ったことがあるが「君も今のうちに早く写真をうつして置け。」とたわむれに言われたのを、わたくしは今に忘れない。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こういう時に、宗右衛門が酒気を帯びていると、銓を側に引き附けて置いて、忍耐を教えるといって、たわむれのように煙管キセルで頭を打つことがある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たわむれに居合をぬいて、随分ずいぶん好きであったけれども、世の中に武芸の話が流行すると同時に、居合がたなはすっかり奥に仕舞しまい込んで
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これでも月樵の筆の達者な事がわかると、自慢してあつた。けれどもそれらは実に不見識な話で、元来席画などは、画かきのたわむれに画くものである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これは素より心易い間のたわむれではあるけれども、これに依って、如何に梅君の弁論が達者であって、且つ原案の維持に努められたかの一斑を知ることが出来よう。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
人間移動展覧会とたわむれに此をたたえてよく此事を友達に話す。近代が人に与えてくれた特別な機会である。
人の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
と一時のたわむれにして此の場の話を打消そうと致されましたのを、女中達は本当の事と思って、羨ましそうにいずれも島路のかたへ目を注ぎますので、島路ははずかしくもあり
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二匹の馬は互に踴りかかって、噛合って、砂を浴せかけました。獣の恋はたわむれです。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
送り込んでから巫山戯ふざけた……道学先生に聞かせたら巫山戯させて置くのが悪いと云うかも知れぬが、シカシこれとても酒の上の事、一時のたわむれならそう立腹する訳にもいかなかッたろう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
罪が楽しいたわむれ
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たわむれにともづなのもやいを解いて、木馬のかわりにぐらぐらと動かしても、縦横に揺れこそすれ、洲走すばしりに砂をすべって、水にさらわれるようなうれいはない。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この年『枕山詩鈔』所載の作を見るに「東都春遊雑詠」といい、「たわむれニ行楽ヲ勧ムルノ歌ヲ作ル。」というが如き艶麗えんれいなる文字をろうするものが多い。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この一段にいたりて、かえりみて世上の事相をれば、政府も人事の一小区のみ、戦争も群児のたわむれことならず、中津旧藩のごとき、なんぞこれを歯牙しがとむるにらん。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
枳園は来り舎るごとに、この女を追い廻していたが、とうとう或日逃げる女を捉えようとして大行燈おおあんどうを覆し、畳を油だらけにした。五百はたわむれに絶交の詩を作って枳園に贈った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
少女驚いて耳をそばだつればをかしや檐頭えんとう鸚鵡おうむ永日にんでこのたわむれを為すなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
浴客はいずれもこの初春らしい趣向と、年をとった人達のたわむれとを狂喜して迎えた。豊世は気まりが悪いような、困って了ったような顔付をして、何を姑がるかと心配しながら立っていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
言った方もたわむれに、聞くひと串戯じょうだんらしく打消したが、松崎は、かえって、うっかりしていた伝説いいつたえを、夢のように思出した。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
菊植ゆるまがきまたはかわやの窓の竹格子たけごうしなぞの損じたるをみずから庭の竹藪より竹切来きりきたりて結びつくろふたわむれもまた家をそとなる白馬銀鞍はくばぎんあん公子こうしたちが知る所にあらざるべし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しかもあきらかに一片の懸念のおもかげは、美しい眉宇びうの間にあらわれたのである。お夏は神に誓って、たわむれにもかかる挙動ふるまいをすべき身ではないのであった。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さる頃も或人のたわむれにわれを捉へてなじりたまひけるは今の世に小説家といふものほど仕合しあわせなるはなし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
月府玄蝉げっぷげんせん——上杉先生が、糸七同門の一人にたわむれに名づけたので、いう心は月賦でこしらえた黒色外套の揶揄やゆである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
○市中電車の雑沓と動揺に乗じ女客に対して種々なるたわむれをなすものあるは人の知る処なり。釣皮にぶらさがる女の袖口そでぐちより脇の下をそつと覗いて独りえつるものあり。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
膝に手を垂れ、腰をかがめて、たわむれに会釈すると、トンはよくその心を得て、前足を下して尻尾を落した。ひらたい犬の鼻と、主婦おかみの低い鼻は、畳を隔てて真直まっすぐに向い合った。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見歩きたまさかいえにあれば小説俳句漢詩狂歌のたわむれに耽り両親の嘆きも物の数とはせざりけり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この事は二人が詩を好むこと色食よりも甚しきを証する佳話として永く諸生の間に伝えられた。当時十一歳の小児であった毅堂文郁は後年たわむれにこの事を賦して春濤に贈った。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なお仏師から手紙が添って——山妻云々とのおことば、あるいはおたわむれでなかったかも存ぜぬが、……しごとのあいだ、赤門寺のお上人が四五度もしばしば見えて、一定いちじょうそれになぞらえ候よう
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父と子と、二人の趣味が相異るに至るのは運命のたわむれで、人の力の及びがたきものである。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さらば、身代りのおんなを奪ろう!……も一つほかにもある。両のたもと持重もちおもろう。あとは背負うても、抱いても荷じゃ。やあ、殿、上﨟たち、此方衆こなたしゅにはただ遊うだじゃいの。道すがらねんごろ申したたわむれじゃ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
村岡は進が真実小説の腹案を語るのやら、またはたわむれに自分をからかうのやら、あるいはまた小説に托して君江に対する報復の手段をそれとなく語るのやら、その区別がつかない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すでに阿部ごおりであるのだから語呂が合い過ぎるけれども、これは独語学者早瀬主税氏が、ここに私塾を開いて、朝からその声の絶間のない処から、学生がたわむれにしか名づけたのが、一般に拡まって
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鉄石たわむれニ曰ク、家里松濤ハ心両端ヲ挟ム。則チ身首しんしゅところヲ異ニセシムルモもとヨリ惜シカラザルナリト。席末誠県ニ切歯せっしスルモノアリ。コレヲ聞キ喜ンデ即夜刀ヲ抜イテソノ門ニ闖入ちんにゅうス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夫人はこれをたわむれのように聞いて、早瀬のことばを露もまこととは思わぬ様子で
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
爾来ふたたび浮名を展覧会場に争はず。閑居自適し、時に薬草を後園に栽培して病者に与へ、また『田うごき草』と題する一冊子を刊刻してその効験を説く。人たわむれに呼んで田うごきのおきなとなせり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
滝太郎はたわむれにいったばかり。そのまま茶屋のむすめを見返り
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鶴巻町の新開町を過れば、夕陽せきようペンキ塗の看板に反映し洋食の臭気芬々ふんぷんたり。神楽坂かぐらざかを下り麹町こうじまちを過ぎ家に帰れば日全くくらし。燈をかかげて食後たわむれにこの記をつくる。時に大正十三年甲子かっし四月二十日也。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
小狗のたわむれにも可懐なつかしんだ。幼心おさなごころに返ったのである。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といって、莞爾かんじとしてたわむれにそのつむりを下げた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)