みち)” の例文
旧字:
彼らは高い山壁の傾斜層に細々としたみちをつけた。さうして、彼らは溪流を望んだ岩角でひそかに彼らの逞しい子孫を産んでいつた。
静かなる羅列 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
その最初の山路は、石を切り草を払うだけの労力も掛けない、ただの足跡であったのであろうが、獣すら一筋のみちをもつのである。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
みち一縷いちる、危い崖の上をめぐって深い谿を瞰下みおろしながら行くのである。ちょっとの注意もゆるめられない径だ、谿の中には一木も一草もない。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
ところが眼にはいるものはただ、静かな庭みちばかりで、そこにはじっと動かない木立が、太陽の名残の光のうちに眠ってるがようだった。
詩ができると陳はそれを口にしながら出て、はじめのみちから引返して往った。門の扉はもうぴったりと締っていた。陳はこまってしまった。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ほうほうと立てる雑木の岨路そばぢゆき、別れみちゆき、当処あてどさへ果てはわかねど、風のまま歩みのままに、行き行けばただ落葉なり。
途中で文平と一緒になつて、二人して苔蒸こけむした石の階段を上ると、咲残る秋草のみちの突当つたところに本堂、左は鐘楼、右が蔵裏であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
一二六二丁あまりを来てほそきみちあり。ここよりも一丁ばかりをあゆみて、一二七をぐらき林のうちにちひさき一二八草屋かやのやあり。
そこから上は水がまつたく涸れてゐるぬる川の谷伝ひに、みちらしい径もない熊笹の生ひ茂つた斜面を、右へ左へ分け登つて行く一人の男がゐた。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
この池のほとりのみちをしばらくゆくとまた二つに分かれる。右にゆけば林、左にゆけば坂。君はかならず坂をのぼるだろう。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
霊柩車が市営火葬場の入口で停ると、彼は植込みのみちを歩いて行った。花をつけた百日紅さるすべりやカンナの紅が、てらてらした緑のなかに燃えていた。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
だが郊外では——これから冬も過ぎて霜どけの時分など、いよいよ散歩に適する日が、——みちが、乏しくなるのである。
散歩 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
そして彼自らの手で紡ぎ、織り、裁ち、縫ひ上げたところの、彼の肉体以上にさへ彼らしい軽羅けいらをのみまとふて今、彼一人の爽かなみちを行つてゐる。
そして彼自らの手で紡ぎ、織り、裁ち、縫ひ上げたところの、彼の肉体以上にさへ彼らしい軽羅けいらをのみまとふて今、彼一人の爽かなみちを行つてゐる。
我が一九二二年:01 序 (新字旧仮名) / 生田長江(著)
其処までは一、二度行ったことがあるが、鬱蒼うっそうと茂った暗い森の中に、細いみちがたえだえについていたような気がする。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
まだ柏の幹のそばに佇んでいた二人の少女は、はじめて気がついたように、しかし相変らず無言のまますんなりとけて、細いみちを譲ってくれた。
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
おじさんは、新らしく来たこの県の林野局のお役人で、山から降りしなにみちに迷ってしまって、雨で冷えこんで、腹を悪くしたといっていました。
(新字新仮名) / 林芙美子(著)
空地につながれた牛が、まだ草を喰っている様子である。何か夢幻的なものが漂い、この白いみちが月光の下を何処までも続いているような気がする。
もしやと思って武兵衛と数馬は登って来た方を見返って見たが、冬霧おぼろにみちを閉ざして煙りのように立ち迷うばかり、生物いきものの影さえ一つもない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
十郎太はそうささやいて、杉林の中の踏みつけみちを向うへ去った。菅田平野は待っていた。あたりはまっ暗で、湿った空気は重たく杉の匂いがした。
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お宮のまわりの森も、草が抜かれ枯枝かれえだが折られ、立派なみちまで出来て、公園のようになりました。朝と晩には、神殿しんでんの前にお燈明とうみょうがあげられました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
老人は言葉を続けながら、みちばたの薔薇ばらの花をむしると、嬉しそうにその匂をいだ。が、薔薇はむしられた跡にも、ちゃんとその花が残っていた。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
案内は白衣にへいさゝげて先にすゝむ。清津きよつ川をわたりやがてふもとにいたれり。巉道さんだうふみ嶮路けんろに登るに、掬樹ぶなのき森列しんれつして日をさへぎり、山篠やまさゝしげりてみちふさぐ。
どこに鐘楼しょうろうがあるのやら、みちがあるのやら、見当がつかなかった。——僕は棒切れを一本拾って、それを振りまわしながら、寺院の庭を歩きまわった。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
北部や南部やを迂回うかいすることなしに、西海岸の台中から東海岸の花蓮港かれんこうへと出るためには、どうしても中央山脈のけわしい山坂みちを越えなければならない。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
いでやこの涙を捧げものにして詩人の墓をおう。……ああ、おそろしい風! このあたりは落葉でみちも見えぬ。
互ひに文学の寂しい山みちを何年も何年も独りでとぼとぼと歩いてゐるといふことは、おそらく井伏の法螺鱒などには想像もつくまいヨルダン河の暗々たる
喧嘩咄 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
彼等がこの地方へ踏み分けてきたみちは、あとからきた旅行者がおすなおすなとばかりに一ぱいつめかけていた。
何の風情もない、饅頭笠まんぢうがさを伏せた様な芝山で、逶迤うねくねしたみちいただきに尽きると、太い杉の樹が矗々すくすくと、八九本立つてゐて、二間四方の荒れ果てた愛宕神社のほこら
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
木戸から、寺男の皺面しわづらが、墓地下で口をあけて、もうわめき、冷めし草履のれたもので、これは磽确こうかくたるみちは踏まない。草土手を踏んで横ざまに、そばへ来た。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
またお菊は幼少の時孤児みなしごとなり叔父おじの家に養われたりしが、生れ付きか、あるいは虐遇せられし結果にや、しばしばよこしまみちに走りて、既に七回も監獄に来り
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「それから一刻ひとときのあとに寝もやらぬうちに、ふたたび庭をよぎって戻って行く姿を見ましたが、池のみちから裏庭へ、つま戸の開く音がしたようにも覚えます。」
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
丘を下りて桜の咲き乱れた畑地の中のみちをあるいた。柔らかい砂地を踏みしめながらあるいているうちに、かつて経験した事のない不思議な心持になって来た。
異郷 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところが雨坊主の方は暗夜にはとても辿りつけないような山中のみちもない谷底で死んでいる。夜を利用して行けないとすれば、どういうことになるでしょうか。
最早もう人気ひとけは全く絶えて、近くなる時斗満の川音を聞くばかり。たかなぞ落ちて居る。みちまれに渓流を横ぎり、多く雑木林ぞうきばやし穿うがち、時にじめ/\した湿地ヤチを渉る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
湖に沿うて上ったり下ったりしているみちで、ときどき急に湖と並行したり、それから又林のなかへはいったりしていた。木の幹と幹の間から湖水の面が鈍く光っていた。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
塔の九輪くりん頂上にそそり立つ水煙すいえんが、澄みわたった秋空にくっきり浮び上っている。蜻蛉とんぼのとびかう草叢くさむらみちをとおって、荒廃した北大門をくぐり、直ちに金堂へまいる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
穂の出たすすきが一杯に乱れている。ただ正面奥は左から右へ渡し場の通路になっているのと、左寄りから奥へ思い切って斜めにみちがついているのとで、そこだけに芒がない。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
中空に棒を突き出し、白い襯衣シャツなどが乾してあった。斜面がもつ幻惑で距離が定め難いが、それでも呼べば聞えるほどの近さである。みちはすりばちの上縁をはしっていた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
みちが見えるかい。見える? そんならわしのそばへ来て、屍体の足を持ってくれ。重いぞ」
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
彼らは雨にぬれていたので、日の当たる方のみちを歩いていた。年上の方は年下の方を引き連れていたが、二人ともぼろをまとい顔は青ざめ、野の小鳥のような様子をしていた。
らちを越えるというのでもなく、行きては止まり、歩みては戻り、みちの窮まらんとするところでは、もりを横ぎり、水のはばむところでは、これをめぐって、行きつ戻りつしていたが
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
聴水忽ちまなこを細くし、「さてもうまくさや、うまくさや。何処いずくの誰がわがために、かかる馳走ちそうこしらへたる。いできて管待もてなしうけん」ト、みちなきくさむらを踏み分けつつ、香を知辺しるべ辿たどり往くに
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そうして其処で、まどろんで居る中に、悠々うらうらと長い春の日も、暮れてしまった。嬢子は、家路と思うみちを、あちこち歩いて見た。脚はいばらとげにさされ、そでは、木のずわえにひき裂かれた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
清源の陳褒別業に隠居し夜窓に臨んで坐す、窓外は広野だ、たちまち人馬の声あり、きっと見ると一婦人虎にり窓下よりみちを過ぎて屋西室の外にく。壁隔て室内に一婢ありて臥す。
こゝで池を下手について廻る本径と、上手へ築山の間へ登って行く分れみちとに岐れております。わたくしは散歩してこの築山の尾根の下から坂のゆるい分れ径を登って行くのが好きでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
親しい友達が小川の上で手をつないで両岸のみちを歩く。一寸した切株に出逢であふ。二人は一時のつもりで手を離す。だが川はだん/\と広くなつて行き、二人の手と手との間隔は大きくなる。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
みちの導くままに足に任せて辿って行く。行くに従って四辺の様子が銘々の予想とは、如何どうも甚しく相違していることを誰も気にしているらしかった。夜が明けて見ると山の側面を登って居た。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
樵夫きこり、猟師でさえ、時々にしか通らない細いみちは、草の中から、ほんの少しのあか土を見せているだけで、両側から、枝が、草が、人の胸へまでも、頭へまでも、からかいかかるくらいに延びていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
やがて帽子を片手にわきみちからわき径へとひとわたりぶらぶらして、依然こころ待ちに待ちながら、こんなことも考えていた——一体ここには、その辺の塚穴の中には、どれほどの婦人や少女たちが
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)