きょ)” の例文
婦女子の精神いまだ堅固ならざる者を率いて有形の文明に導くは、そのきょを変ずるものなり。その居すでに変じてそのはいかに移るべきや。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
下谷の家はわたくしの外祖父なる毅堂鷲津きどうわしづ先生が明治四年の春ここにきょぼくせられてより五十有二年にして烏有うゆうとなった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『やはり、子だ。左兵衛、夜になったら、一つ船で、新居へ移ろう。きょは気を移すという、気をかえて、暮そうぞよ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(十四) 子曰く、君子は食かんことを求むるなく、きょ安からんことを求むるなく、わざくしてことを慎み、有道にいて正す。学を好むというべきなり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
横山町よこやまちょうの質屋の路地奥なんかにきょをかまえて、オホン! とばかり、熊さんはっつあんや、道楽者の若旦那相手に説いたものですが、まったくそうかもしれません。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただ余が先生について得た最後の報知は、先生がとうとう学校をやめてしまって、市外の高台たかだいきょぼくしつつ、果樹の栽培さいばい余念よねんがないらしいという事であった。
豊公ほうこうの戦役この方、幾百の陶工が海を越え、土を追ってきょぼくしたが、その中でこの苗代川ほど歴史を固く守った所はなくまたここほど高麗人の今も集団する土地はない。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
先生のきょ、同じく戒心かいしんあるにもかかわらず、数十の生徒せいとともな跣足せんそく率先そっせんして池水いけみずくみては門前に運び出し、泥塗満身でいとまんしん消防しょうぼう尽力じんりょくせらるること一霎いっしょう時間じかんよっかろうじてそのさいまぬかれたり。
数ヵ月前、富士男が失望湾の浜辺で発見したという岩窟がんくつきょをかまえ、ニュージーランド川の森でりょうをして食糧にあてれば、眠食ともに不自由なく、気ままの生活ができる、というのである。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
明治三十九年美的百姓が露西亜ろしあから帰って、青山あおやま高樹町たかぎちょうきょを定むるともなく、ある日銀杏返いちょうがえしに白い薔薇ばら花簪はなかんざしを插したほおまぶたのぽうとあからんだ二十前後の娘が、突然唯一人でやって来て
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
大阪なる安藤氏の宅に寓居ぐうきょすること数日すじつにして、しょうは八軒屋という船付ふなつきの宿屋にきょを移し、ひたすらに渡韓の日を待ちたりしに、一日あるひ磯山いそやまより葉石はいし来阪らいはんを報じきたり急ぎその旅寓に来れよとの事に
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
きょは心を移すというが、心は居を移すとも言われそうである。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おはんきょ屏風開びょうぶびらきに招かれし
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
故に今後は、我輩の筆力のあらん限り、読者と共にこの消防法に従事して、先ず婦人のきょを安からしめ、ようやくその改良に着手せんと欲するものなり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
つづいて、尊氏も、そのきょを、東寺とうじから移して、三条坊門ノ御池おいけにおき、こう師直もろなおは一条今出川に住みついた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それより後明治三十六年に及びてわれ亜米利加アメリカに渡らんとするの時暇乞いとまごひに赴きし折には先生は麻布龍土町あざぶりゅうどちょうきょを移され既に二度目の夫人を迎へられたりき。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
きょは気を移すと云う孟子もうしの語は小供の時分から聞いていたが戦争から帰った者と内地に暮らした人とはかほどに顔つきが変って見えるかと思うと一層感慨が深い。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「橋のたもとの柳のうちに、人住むとしも見えぬ庵室あんしつあるを、試みに敲けば、世をのがれたる隠士のきょなり。幸いと冷たき人をかつぎ入るる。かぶとを脱げば眼さえ氷りて……」
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然るに今日において、未だ男子の奔逸ほんいつばくするの縄は得ずして、先ずこの良家の婦女子をいざのうて有形の文明に入らしめんとす、果たして危険なかるべきや。きょを移すという。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
坂路を隔てて仏蘭西人アリベーと呼びしものの邸址やしきあと、今は岩崎家の別墅べっしょとなり、短葉松植ゑつらねし土墻ついじは城塞めきたる石塀となりぬ。岩崎家の東鄰には依然として思案外史しあんがいし石橋いしばし氏のきょあり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
で、新夫婦は、七条水薬師の館のうちに、きょをもつことになった。
名札もろくにはってない古べいの苦沙弥くしゃみ先生のきょは、去年の暮れおしつまって西片町にしかたまちへ引き越された。
僕の昔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
墨水ぼくすいの風月を愛してここにきょぼくした文雅の士はげるに堪えない。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
きょを争って
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その実銘々めいめい孤立して山の中に立てこもっていると一般で、隣り合せにきょぼくしていながら心は天涯てんがいにかけ離れて暮しているとでも評するよりほかに仕方がない有様におちいって来ます。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしこの下宿が群鶴館なら先生のきょはたしかに臥竜窟がりょうくつくらいな価値はある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
よし同型中に鋳化ちゅうかせられんでも軒をならべて狂人と隣り合せにきょぼくするとすれば、境の壁を一重打ち抜いていつのにか同室内に膝を突き合せて談笑する事がないとも限らん。こいつは大変だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)