むし)” の例文
それよりむしろ、頭のどこかに俳画と云ふものと、値段の安いと云ふ事とを結びつけるものが、あらかじめ存在したと云つた方が適当である。
俳画展覧会を観て (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
手取早く形容すれば、映画のリチャード・バーセルメスをやや日本化した様な顔つきの、利巧相りこうそうではあるが、むしろあどけない青年だ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
むしろ宗教者の負け惜みとさえ受取れた。そして、これほど世間に評判の悟者でさえ、自然や運命に対する自由さはこの程度のものだ。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
夫の病弱と妻の年齢とは、しかし、二人を、やがて、夫婦というよりもむしろ、芸術家と其のマネージャアの如きものに変えて了った。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
むしろ、すこし前に進み出て右手を心持前にし、静かに退いて、もとの姿勢にかえる方が「自分は鬼」という心持の表現に合致している。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
源氏の縁坐で斯様かやうの事も出来たのであるから、無暗むやみに将門をにくむべくも無い、一族の事であるからむし和睦わぼくしよう、といふのである。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
が、同じ光景を、感激的にロマンチックに、——いやむしろミスチックに、眺めたとしたら同じ光景が、凄く見えるに相違ありません。
失礼ですが、そいつは偏見というものですよ、私にいわせると、むしろ、煙管パイプたばこはかぎ煙草などよりずっと身体に良いくらいですよ。
丁度ちようど普通ふつうちひさななみについてはまおい經驗けいけんするとほりであるから、此状態このじようたいになつてからは、なみといふよりもむしながれといふべきである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
それから數日間すうじつかん主人しゆじんうち姿すがたせなかつた。内儀かみさんは傭人やとひにん惡戯いたづらいてむしあはれになつてまたこちらから仕事しごと吩咐いひつけてやつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その理由は接吻に不便だと云ふのがしゆで、装飾としても野蛮時代の遺風であり、又むしこれあるが為に男を醜くして居ると云ふのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
親さえなかったら、僕は国へ帰りたくは有りません。国の方の消息を聞くことは苦痛です。むしろ僕は長く巴里に留りたいと思います。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むしろ気分が落ち着いて来ると、今度は前よりも一層明瞭めいりょうに、一層執拗しつように、ナオミの肉体の細々こまごました部分がじーッと思い出されました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
乍併しかしながら、此の家庭問題を、色々と討究して、八釜しくいうて居る現象は、決して悪い事でない、むしろ悦ぶべき状態に相違ないのであろう。
家庭小言 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しも読者にして、ゆっくり味読みどくさるるならば、の分量の少なきを憂えず、得るところむしはなはだ多かるべきを信ずるものである。
飯を弁当箱につめ込んで、然るのちこれを取出しても、あとに飯粒が弁当箱の底や周壁に附着(むしろ固着)することのない弁当箱。
科学時潮 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
人は総て死を期していない、むしろ生きんがためにあせっているのである。随って動揺また動揺、何ら冷静の気を見出すことは能ない。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
で今更虎の役を振られたとて、それが何の不思議であらう。むしろ彼にその役が廻らなかつたら、それこそ一つの不可思議事なのである。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
けだし透谷の感情は頗る激烈にして、彼れは之れが為につひに不幸なる運命に陥りし程の漢子をとこなりしと雖も、平時はむしろ温和なる方なりき。
透谷全集を読む (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
が、藤十郎は芸能と云う点からだけでは、自分が七三郎に微塵みじんも劣らないばかりでなく、むし右際勝みぎわまさりであることを十分に信じた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これ政府せいふ指導しだうまた消費節約せうひせつやく奬勵しやうれいわたつたとふよりも、むし國民自體こくみんじたい事柄ことがら必要ひつえうかんじてつたからだとおもふのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
何ぞむしろ其の語を直接にして、作家の主観を拡大せよと言はざる。其の同情を国家大にせよと言はざる。実生活に接近せよと言はざる。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
むしろ周圍の人々との關係に醉つてしまひながら、有樂座の下の眞ン中ごろで、通り道に接する椅子を、自分と並んで占領してゐる女が
源吉は、熱っぽい頬を、夜風にさらしながら、一つ一つが、余りに順序よく、破綻を起さなかったのが、むしろ、あっ気なくさえ思われた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それにもかかわらず和尚は、兵馬の苦心や覚悟に少しの同情の色をも表わすことをしませんで、むしろ冷笑のような語気であります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
心の許さぬ、望みのない思ひをいさぎよくてるに最も安全なみちむしろ其の相手の欠陥に幻滅を起すことより他になかつたからである。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
僕は山口でぐ死んで了おうかと思いました。の時、実に彼の時、僕が思いきって自殺して了ったら、むしろ僕はさいわいであったのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
宮はあやぶみつつ彼の顔色をうかがひぬ。常の如く戯るるなるべし。そのおもてやはらぎて一点の怒気だにあらず、むし唇頭くちもとには笑を包めるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
むしろ、二人ともO村へ早く帰れるようになったので、何かほっとして、いそいそとしているような安心な様子さえしていたではないか。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
何処どこまではずむか知れないような体を、ここでまた荒い仕事に働かせることのできるのが、むしろその日その日の幸福であるらしく見えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大体だいたいおいもうしますと、天狗てんぐ正体しょうたい人間にんげんよりはすこおおきく、そして人間にんげんよりはむしけものり、普通ふつう全身ぜんしんだらけでございます。
三千代の兄と云うのはむし豁達かったつな気性で、懸隔てのない交際振つきあいぶりから、友達にはひどく愛されていた。ことに代助はその親友であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むしおいの性格のなかに自分と同位元素のあることを認め、これをめ直すこと己れの為すが如くせよとさえ思ったくらいである。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大不都合を見るよりもむしろ小頑小癖小不調子小不都合の眼を具するを尚び、偏曲輭弱なんじやくなる意気より朴直なる野暮の中に隠れたる美を嘲り
そんな兵隊の並んだやうな町は美しくは無い、ひて西洋風にしたいなら、むしろ反対に軒の高さどころか、あらゆる建築の様式を
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おな不正ふせいくわだてるのならば、百三十六麻雀牌マアジヤンパイ背中せなかたけ木目もくめ暗記あんきするなどは、その努力感どりよくかんだけでもぼくにはむし氣持きもちがいい。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
何れも大作たいさくだ。雖然何を見たからと謂つて、些ともきようらぬばかりか、其の名畫が眼に映つると、むし忌々いま/\しいといふ氣が亢じて來る。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「私の東京に参りましたのは、そういうことにはむしろ関係しないつもりでおます。別段こちらに居りましても、二人の間にはどうという……」
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私どもの座右銘は「おたがひに許しあへ。」と云ふのではなく、むしろ「おたがひに理解せよ。」と云ふのでなければならない。
婦人解放の悲劇 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
それこそかえって神の意志に背くものであるという強固な信条のもとに、むしろコペルニクスの説を肯定しようとしたのでした。
ガリレオ・ガリレイ (新字新仮名) / 石原純(著)
松岡は襖をあけて出る女の姿を見ないようにしたが、女が階段を下りると足音をぎしぎしとむしろ静かすぎる程度で聞き澄した。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
むしろ彼らの眼をはばかるやうにこそこそと逃出したから、自分は不甲斐ふがひない人間だ。散々そこいらを飲んですつかり更けて家の戸を叩いた。
現代詩 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
彼れは向象賢よりもヨリ大なる時勢の解釈者でありました。彼れは時勢の謳歌おうか者ではなくて、むしろ時勢の作為者でありました。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
日頃はむしろ弱気で好人物の早坂勇ですが、仕事の事となると、俄然性根に筋金が入って、てこでも動かない闘士になるのでした。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「アノーなんですッて、そんなに親しくする位ならむしろ貴君と……(すこしもじもじして言かねて)結婚してしまえッて……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それはロシアのマルキシズムか支那自身の軍国か、いやむしろ印度の阿片かペルシャの阿片か、そのどちらかにちがいないのだ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これはむしろ、「ササの葉はミヤマもサヤにミダレども」のようにサ音とミ音と両方で調子を取っているのだと解釈する方がくわしいのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
しそこに越えることの出来ない溝渠こうきょがあるというならば、私はむしろ社会生活を破壊して、かの孤棲こせい生活を営む獅子しし禿鷹はげたかの習性に依ろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いや、公平な判定さ。個人としては誠実で申分ありませんが、一般とすると未だ封建思想が抜け切っていませんから、むし憐憫れんびんあたいしますよ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかし彼らはむしろそれを強味とするかの如く、橋上を突破して、ついに敵のまっただ中へ躍り込み、行くところを血にそめた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)