ほこり)” の例文
引きおろさせてみると、汚い風こそしておりますが、さすがに娘になる年配で、ほこりあかとにまみれながらも、不思議に美しさが輝きます。
頂上には、おもに堅い木で作った大きな歯車はぐるま槓杆てこの簡単な機械が、どろどろにほこりと油とで黒くなって、秒を刻みながら動いていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
甲斐は駕籠かごででかけた。空はうっとうしく曇ってきて、湿気のあるなまぬるい風が、ときどき、乾いた道の上にほこりを巻き立てていた。
此のけむりほこりとで、新しい東京は年毎としごとすゝけて行く。そして人もにごる。つい眼前めのまへにも湯屋ゆや煤突えんとつがノロ/\と黄色い煙を噴出してゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
枯れて行く建築材の臭気と、ほこりッぽい風が隙間すきまから降っていた。戸外の空気に触れたいのは、何か混乱するものを感じていたからだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
床は勿論もちろん椅子いすでもテーブルでもほこりたまっていないことはなく、あの折角の印度更紗インドさらさの窓かけも最早や昔日せきじつおもかげとどめずすすけてしまい
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ほこりをかぶって、カサカサに枯死した姿を見るのは、子供心にも無慙むざんだった。その福寿草の野生の姿を俺は根室へ来て初めて見たのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
閣下モンセーニュール、その男は粉屋よりも真白でござりました。すっかりほこりをかぶって、幽霊のように白くって、幽霊のように脊が高くって!」
このふうは今でも正式の饗宴きょうえんには伝わっている。決してほこりだらけの刺身さしみ蒲鉾かまぼこを、むしゃむしゃ食うばかりが肴ではなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が高くなると、ここ十日以上も雨のなかった大地は、ぼくぼくと馬のひづめに掘られて、その白いほこりが皆、全軍の兵へかぶって行った。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
広田先生は又立つて書斎につた。かへつた時は、手に一巻の書物を持つてゐた。表紙が赤黒あかぐろくつて、くちほこりよごれたものである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
起きて壺のまわりのほこりをふきとり、陶器のうえにある昨日の埃をていねいに拭いてやることで、朝のしごとが始められるのである。
陶古の女人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
が、ワルシャワの市街は、どんなであったろう! イワノウィッチは、最初ワルシャワを、煤煙とほこりと軍隊との街だと思っていた。
勲章を貰う話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ほこりよごれた硝子がらす窓には日が当たって、ところどころ生徒の並んでいるさまや、黒板やテーブルや洋服姿などがかすかにすかして見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
両手を鼠の糞とほこりとの多い床の上について、平伏するような形をしながら、首だけ上げて、下から道士の顔を眺めているのである。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
連日炎天の行軍で顔は赤銅しゃくどうのごとく、光っているのは眼ばかり。それに洋服は汗とほこりでグシャグシャになった上に臭くなっている。
床もほこりでざら/\してゐた。茶の間へ入ると、壁にかゝつてゐる褞袍どてらがふと目についた。この冬晴代が縫つて着せたものであつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
クリストフのくつの大きいこと、服の醜いこと、ほこりをよく払ってない帽子、田舎訛いなかなまりの発音、可笑おかしなお辞儀の仕方、高声のいやしさ
肺患者には無惨なほこりまじりの風が散り残りの桜の花を意地わるく吹きちぎる日の午後、彼は大久保余丁町の綱島家の格子戸こうしどをくゞった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あの大雷雨の爲めにそこいらのほこりはいゝ工合に落着き、兩側の低い生籬いけがきや大きな立木などは、雨に元氣を囘復して、緑色に輝いてゐた。
亭「へい/\、こりゃお茶を差上げな、今日は天神の御祭礼で大層に人が出ましたから、定めし往来はほこりさぞお困りあそばしましたろう」
洋服のほこりを払ってやった。汚れ物を婆やに洗濯さしたり、時には下駄の泥を拭いたりした。画室の掃除も時々自分の手で行った。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
水色縮緬みずいろちりめん蹴出けだしつま、はらはらはちすつぼみさばいて、素足ながら清らかに、草履ばきのほこりも立たず、急いで迎えた少年に、ばッたりと藪の前。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は一団の先頭に立って進み、そのあとから牝山羊めやぎの群れが、ごちゃごちゃひと塊りになって、雲のようなほこりの中をついて来る。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
水道の取入口も過ぎ、西谷にしたに迎帆楼げいはんろうの前も過ぎた。あの前での昨日の人だかりというものは昼の花火の黄煙菊おうえんきくよりもほこりをあげた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
めばことをもくなり。彼が手玩てすさみと見ゆる狗子柳いのこやなぎのはや根をゆるみ、しんの打傾きたるが、鮟鱇切あんこうぎりの水にほこりを浮べて小机のかたへに在り。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
障子の内では座敷を掃く音がしている。婆あさんがもう床を上げてしまって、東側の戸を開けて、ほこりを掃き出しているのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
依然たるむし暑さだったが、彼はこの悪ぐさいほこりだらけな都会に毒された空気をむさぼるように吸い込んだ。彼はかすかにめまいを覚えた。
茅町かやちょうから上野へ出て、須田町行きの電車に乗る。ほこりがして、まるで夕焼みたいな空。何だか生きている事がめんどうくさくなる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ほこりを払って、右手にかかえた。麻裏草履の片方は、並木の横の水たまりに飛んでいたが、引きあげて、ぶら下げた。しずくがたれる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
もっともかまは益田のものではないが、今も細々と場末の荒物屋に残り、大概はほこりだらけになって高い棚の隅か、縁の下にうずくまっている。
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかも遠路を歩いて来たように、その着物はほこりだらけになっていた。実際、彼は審問に応ずるために、馬を飛ばして急いで来たのであった。
ともかく、活動写真のレンズにほこりや古色があってはならない如く、新らしき芸術、尖端的都会、尖端人、あらゆる近代にはあかは禁物である。
松山の坐っていた場所については特に注意を払い、布をひっぱったり、びょうをはずしたり、刷毛はけほこりをあつめて紙包をいくつも作ったりした。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、祖母と二人、照りつける日の中を、荷馬車のあとから、汗とほこりになって歩く姿は、あまりにもみじめな没落行ではなかったろうか。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そのうえふたは取りっ放し積もったちりほこりの具合で、これはどうでも一年前に誰か盗んだに違いないとこう目星を付けたものさ。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ふゆ季節きせつほこりいて西風にしかぜ何處どこよりもおつぎのいへ雨戸あまど今日けふたぞとたゝく。それはむら西端せいたんるからである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
妻は夜更よふけに彼を外に誘った。一歩家の外に出ると、白いほこりをかむったトタン屋根の四五軒の平屋が、その屋根の上にかわききった星空があった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
私にはほこりつぽい丸善の中の空氣が、その檸檬の周圍だけ變に緊張してゐるやうな氣がした。私はしばらくそれを眺めてゐた。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
やがてそれらしい自動車が猛烈なほこりを上げながら飛んで来るのが見え出した。その埃を避けようとして、私たちは道ばたの草の中へはいった。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
何もわざわざ畳をたたいて隠れたほこりを出す必要もなく、人の腹の中に包まれた汚物をまで想像して、それを不潔がる必要もないのであります。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
地中海から吹く北風に石炭のほこりが煙の様に渦を巻いて少時しばらくあひだに美しい白ぬりの𤍠田丸も真黒まつくろに成つて居た。出帆時間が来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ほこりを吸った脚絆きゃはん姿の旅びとや、リュックサックを背負った登山客や、皮革くさい軍隊やはその疲れた脚をこの高台で休めてゆくのが普通である。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
部屋の右手に、ほこりのつもった頑丈な木製の階段が見える。明智は懐中電燈を消して、音を立てぬように注意しながら、その階段を登って行った。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
手廻しのいい家は月初めに片付けてしまうが、もうかぞという二十日過ぎになってトントンバタバタとほこりを掃き立てている家がたくさんある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかしこの一籃の巴旦杏を前にして、漢口の市街を想像すると、むっとするような暑さと、大陸のほこりとが無限にひろがって来るような気がする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その日は、終日ほこりっぽい風がふきすさんで、っ黒にこげた焼け跡の材木から、まだ立ちのぼっている紫の煙を、しきりに横になびかせていた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それが表紙を食い破られ、角々をじられ、鼠のふんほこりまみれになって出て来たのだから、刑事はフウムと小首を傾けた。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
けれど青い壁紙と、いつ張り換えたか分らない黒くすすけた障子が目に映るばかりで、戸棚の隅などにはほこりが溜っている。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨になりそうな空模様で、木の根や垣根の下に氷りついている雪がほこりをあびてうす黒い色に変っているのが急に伍一の胸に痛々しいかんじを唆った。
菎蒻 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)