三和土たたき)” の例文
台所の古レインコートをかぶって、三和土たたきの中へ入れようとして二匹いじっている間に、すっかり雨がとおって、背中がぬれました。
玄関の三和土たたきに足がかりを失って、右左によろめいたのをきっかけに、頭の中もふらついて、眼の前のものがごっちゃになった。
白日夢 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
平次は、いつものことで、さして驚く樣子もありませんが、八五郎はそれをもどかしさうに、三和土たたきの上に地團駄ぢだんだを踏むのです。
そこで、私たちは、二階借りのものが遠慮しながら台所から外へ出るみたいな恰好で、汚い下駄の散乱した三和土たたきに降り立った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
中年婦人が狭い三和土たたきの小路を通って案内してくれる。部屋は都合よく離れ風に独立している。が、ふと見ると、狭い庭に腰巻が干してある。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
身を横にしなければくぐれない格子戸こうしどだの、三和土たたきの上からわけもなくぶら下がっている鉄灯籠かなどうろうだの、あががまちの下を張り詰めた綺麗きれいに光る竹だの
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『それ其処にバケツが有るよ。それ、それ、何処を見てるだらう、このしとは。』と言つて、三和土たたきになつた流場の隅を指した。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
とつぷり夜が落ちてから漸く家へ戻つてきて、重い貝の包みを無言でズシリと三和土たたきの上へ投げだしたのを覚えてゐる。
をみな (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
舗道の三和土たたきへ当る雨が、ねあがって、啓吉の裾へ当って来る。傘が大きいので、啓吉の姿が見えない程低く見えた。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お島は湯をぬくために、冷い三和土たたきへおりて行った。目が涙に曇って、そこにあふれ流れている噴井ふきいの水もみえなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と玄関をのぞいたが、三和土たたきの上に、とけかかった雪が散らばっているだけで、べつに客のいる気配もなかった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
私は犬のように鼻をクンクン動かして、更に周囲に注意を払った。丘田医師のらしい男履きの下駄が並んでいるところは、セメントで固めた三和土たたきだった。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
生垣いけがきの間の敷石を踏んで這入るのでした。右へ曲って突当りがお玄関で、千本格子の中は広い三和土たたきです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ゴク、という音が玄関の三和土たたきの土間に反響して、何とも快い律調を耳に伝えるじゃないか。この音を聞いただけで、もう僕は往生を遂げても、かまわんと思ったよ。
濁酒を恋う (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
稍々ややあって男が二三寸格子戸を開き、どうぞ、と声を掛けたので、いそいそと内部へ這入りましたが、男は私を玄関の三和土たたき上框あがりかまちに座布団を置いて坐わらせた丈で
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
彼がモザイクの三和土たたきに、靴を脱いでいると、珍しく夫人自身が、階段を走り降りて彼を迎えた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
三隅の家の軒先で、園はもう一度衣嚢かくしの手紙に手をやった。ボタンをきちんとかけた。そして拭掃除の行き届いた硝子ガラス張りの格子戸を開けて、黙ったまま三和土たたきの上に立った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
なにもかもが灰燼かいじんして、ただ玄関の三和土たたきに置いてあった傘桶だけが焼け残っていた。広場の池には、ふくれあがった死体がいっぱい浮んでいた。私は吐きそうになった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
右手の方には、つけ放しのまゝになつてゐる台所の電燈が戸口から斜めに、風呂場へ通じる三和土たたきの上に一種きは立つた明さで流れてゐた。そこだけが不思議と生き生きして見えた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
お孝は黒繻子くろじゅすの襟、雪のはだ、冷たそうな寝衣ねまきなりで、裾をいて、階子段はしごだんをするすると下りると、そこに店前みせさき三和土たたきにすっくと立った巡査に、ちょっと目礼をして、長火鉢の横手のひらき
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで若者は三和土たたきの間の方五六尺の鉄板の蓋を持ちあげる。暗々たる穴の底から冷気が颯と吹きあげる。水は音なく流れて、地下十八尺の深さを、遙の大都会へ休みなく奔りつつ圧しつつある。
白帝城 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
三和土たたきに水を撒いて柄のついた長いブラシで洗ふ。掃除がすんで一服する間もなく、そこにはもう何かかにか走り使ひが待つてゐる。儉約しまつな家で、ずゐぶん遠く使ひに出る時も交通費は出なかつた。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
相当こんでいる三和土たたきの通路を二人は菓子部へ行った。ここの蕎麦そばボーロが王子の婆さんの好物で、サイは時々買ってかえってやっている。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
手探りでからたちの門を潜ると、家の中は真暗で、台所の三和土たたきの上には、七輪の炭火だけが目玉のように明るく燃えていた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「どうせ低い土地で、雨が降ると水が溜つて叶はないから、三和土たたきにして金魚を飼つて見ようと言つてゐましたよ。夏になると蚊が出て困りますから」
明日あした昼ごろに、お庄は金六町の家へ帰って来ると、昨夜ゆうべ帰った叔父が二階にまだ寝ていた。三和土たたきに脱いである見なれぬ女の下駄がお庄の目をいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
赤羽主任は躍起やっきとなって、番台横の三和土たたきを覗いてみたが、その下駄も片方すら見当らないではないか?
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
天気の時は大抵軒下でしますが、雨が降るとどやどやと這入はいりますから、広い三和土たたきも一杯です。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
自分は黙って、風呂場と便所の境にある三和土たたきすみに寄せ掛けられた大きな銅の金盥かなだらいを見つめた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
狭い三和土たたきにさまざまのあまり上等でない下駄が足の踏み立て場のないくらいにつまっていた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
準之助氏は、水を吸って重くなった靴を、三和土たたきに脱いだ。靴下から湯気が出ている。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
台町へ機嫌伺いに出た処が、三和土たたきに、見馴れた二足の下駄が揃えてある。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かすかに廻っている円筒の方眼紙の上に青いインキが針からにじんでほとんど動くか動かぬかに水量と速度とをじりじりとのこぎり形にしるして進む。そこで若者は三和土たたきの間の方五、六尺の鉄板のふたを持ちあげる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
往来と同じ高さのなりに薄っ暗い建物のつき当りまでつづいている三和土たたきの入口のとっつきに、土足のままの上り下りによごされた階段がそばだっていて
日々の映り (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「どうせ低い土地で、雨が降ると水が溜まってかなわないから、三和土たたきにして金魚を飼ってみようと言っていましたよ、夏になると蚊が出て困りますから」
柔かい素足が、玄関の大きい下駄の上に降りたかと思うと、啓吉は猫の仔のように衿首をつかまれたまま引きずられて、三和土たたきの上へずどんと転んでしまった。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
すると、どこからかようやく足音が聞こえ出して、眼の前の擦硝子すりガラスがぱっと明るくなった。それから庭下駄にわげた三和土たたきを踏む音が二足三足したと思うと、玄関の扉が片方いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どれもがっしりした二階建で、下は全部が大抵、三和土たたきになっていて、住いは二階です。二階は細い千本格子せんぼんごうしですから、外はよく見えますまい。外から内はもとよりのことです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
激しい情熱が顔一杯に露出むきだしになっていたので、——意外にも洋装の美和子の姿が、ヒョッコリ三和土たたきの上に微笑むと、彼は表情のやり場に困って、顔や心を冷静に引きもどすために
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すぐわきで——いま、つい近い自動車まで、と傘を手にして三和土たたきへ出た娘を留めて——優しい声がすると、酒のいきおいで素早く格子戸を出た、そのすぐ傍です。切戸が一枚、片暗がりにツイと開く。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三和土たたきいてきびしかも夫鳥つまどりの雄鴨死にせり雌の鴨もいづれ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
内部は三和土たたきのありふれた湯殿のつくりであった。盥が置いてあるのだが、縞のフランネルの洗濯物がよっぽど幾日もつかりっぱなしのような形で、つかっている。
上林からの手紙 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
庭はさして廣くはありませんでしたが、その中に三和土たたきの池を作つて、黄楊つげの玉作りが覗いて、青銅のつると龜が置いてあると言つた、まことに俗臭紛々たるりやうです。
格子の内は三和土たたきで、それが真直まっすぐに裏まで突き抜けているのだから、這入ってすぐ右手の玄関めいた上り口を上らない以上は、暗いながら一筋に奥の方まで見える訳であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のれん越しにすがすがしい三和土たたきの上の盛塩を見ていると、女学生の群に蹴飛けとばされて、さっと散っては山がずるずるとひくくなって行っている。私がこの家に来て丁度二週間になる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
作者夥間なかまの、しかも兄哥あにきが、このしみったれじゃあ、あの亭主にさぞ肩身が狭かろう、と三和土たたきへ入ると、根岸の日蔭は、はや薄寒く、見通しの庭にすすきなびいて、秋の雲の白いのが、ちらちらと
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三和土たたきいてきびしかも夫鳥つまどりの雄鴨死にせり雌の鴨もいづれ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
正面のドアを押して入ると、すぐのところで三和土たたきの床へ水をぶちまけ、シュッシュ、シュッシュと洗っている白シャツ、黒ズボンの若い男にぶつかりそうになった。
鏡餅 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
下女が三和土たたきの上にぽたぽたと涙を落した。御仙おせんと千代子ははしを置いて手帛ハンケチを顔へ当てた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこから彗星ほうきぼしのようなあかりの末が、半ば開けかけた襖越、ほのかに玄関の畳へさす、と見ると、沓脱くつぬぎ三和土たたきあいに、暗い格子戸にぴたりと附着くッついて、横向きに立っていたのは、俊吉の世帯に年増としまの女中で。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)