“雪斎和尚”の読み方と例文
読み方割合
せっさいおしょう100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
七歳(ななつ)の頃から今川家の質子(ちし)とはなったが、臨済寺(りんざいじ)の寒室(かんしつ)で、雪斎和尚(せっさいおしょう)について、学問をうけた家康は、その点、秀吉とは、比較にならない高等教育をうけている。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城地を繞(めぐ)る広い小松原は、戦時には武者揃いの広場となり、平時は縦横の道筋がそのまま馬場に用いられていた。手をあげて今、小松の陰(かげ)の横道から彼を呼んだのは、臨済寺(りんざいじ)の雪斎和尚(せっさいおしょう)であった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
臨済寺の雪斎和尚(せっさいおしょう)にいわせると、禅家では、人相よりも、肩の相——肩相(けんそう)というものをたいへん尊ぶ。肩を見て、その人間が、正覚(しょうがく)を得ているやいなや、できておるか、おらぬか、分るそうじゃ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)