直下じきげ)” の例文
彼は直下じきげに、立本寺りゅうほんじの門前を、ありありと目に浮かべた。そうして、それと共に、恐ろしい疑惑が、突然として、彼を脅かした。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただこの両者を結びつける身心脱落しんじんとつらくの瞬間のみは、自らの身心をもって直下じきげ承当じょうとうするほかはないのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
この本を読んだ人がえん行者ぎょうじゃになれる——というような世俗的魅力がお銀様をとらえたのですが、その直下じきげにこれをこなすの機会と時間とを与えられなかったから
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
禅宗では、「直下じきげ」という言葉をよく使うが、全く直下に見さえすればよい。知慧や評判を持ち出すなら直下ではない。知識は物を離れて見るという働きに過ぎぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
もっと端的にわれらの実行道徳を突き動かす力が欲しい、しかもその力は直下じきげに心眼の底に徹するもので、同時に讃仰し羅拝するに十分な情味を有するものであって欲しい。
直下じきげに人の魂を見るとき、哲学者は理解りげかしらを下げて、無念とも何とも思わぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
直下じきげにこのことばが電光のごとく彼の心を打ったのである。彼は空も見なかった。道も見なかった。月はなおさら目にはいらなかった。ただ見たのは、限りない夜である。夜に似た愛憎の深みである。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それは現在の彼の気もちを直下じきげに放出したような外界だった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)