室寿ムロホギ)” の例文
殿祭トノホカヒ室寿ムロホギのうたは、家讃め・人讃め・覉旅・宴遊のうたを分化し、鎮魂の側からは、国讃め、妻ぎ・つま偲び・賀寿・挽歌・祈願・起請などに展開した。
さうした異神群行し来つて、鎮祭を司る遺風を伝へたものは、大殿祭や室寿ムロホギばかりではなかつた。宮廷の大祓へに伴ふ主上の御贖オンアガナひの節折ヨヲりの式にも、此があつた。
幸若太夫が「日本記」と称する神代語りを主とするのは、反閇ヘンバイの謂はれを説くためである。田楽法師の「中門口チユウモングチ」を大事とするのは、神来臨して室寿ムロホギをする形式である。
万葉集の文学的態度は、宴遊歌及び其拡張なる室寿ムロホギ・覊旅の歌にはじまると言うてよい。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)