“三野”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
みの50.0%
ミノ50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
ここに天皇、三野(みの)の國の造の祖、大根(おほね)の王八が女、名は兄比賣(えひめ)弟比賣(おとひめ)二孃子(ふたをとめ)、それ容姿麗美(かほよ)しときこしめし定めて、その御子大碓(おほうす)の命を遣して、喚(め)し上げたまひき。
中日賣の命の御子、木(き)の荒田の郎女、次に大雀(おほさざき)の命四、次に根鳥(ねとり)の命三柱。弟日賣の命の御子、阿部の郎女、次に阿貝知(あはぢ)の三腹(みはら)の郎女、次に木の菟野(うの)の郎女、次に三野(みの)の郎女五柱。
天武天皇の十三年二月に使をつかわして畿内に遷都の地をさがさせたが(この使者の主席は広瀬王です)同じ日、三野(ミノ)王らを信濃につかわして地形をしらべさせた。書紀の文はそれを評して