“なりたか”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
斉隆28.6%
業隆28.6%
斉孝14.3%
斉荘14.3%
齊隆14.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
るんはこれから文化五年七月まで、三十一年間黒田家に勤めていて、治之はるゆき治高はるたか斉隆なりたか斉清なりきよの四代の奥方に仕え、表使格おもてづかいかくに進められ、隠居して終身二人扶持にんふちを貰うことになった。
じいさんばあさん (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かしづかれ、慕はれて、余生を読書三昧に耽つた外祖業隆なりたか翁の真白な長髯の家で生れて——明治十八年一月二十五日——然る後古めかしい黒塗の駕籠に乗つて、まだ若い母上と柳河に帰つた。
水郷柳河 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
津山の城主松平越後守斉孝なりたかの次女かちかたもとへ壻入したのは、家斉の三十四人目の子で、十四男参河守みかわのかみ斉民なりたみである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この文中「国家の凶事相続き」というのは弘化二年六月に前代の藩主大納言斉荘なりたかが世を去り、数年にしてこの度また藩主のいたことを言ったのであろう。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
るんはこれから文化五年七月まで、三十一年間黒田家に勤めてゐて、治之はるゆき、治高、齊隆なりたか、齊清四代の奧方に仕へ、表使格に進められ、隱居して終身二人扶持を貰ふことになつた。
ぢいさんばあさん (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)