“げさくしや”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
戯作者50.0%
戲作者50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
蓋(けだ)し魯文翁の如きは徳川時代の戯作者(げさくしや)の後を襲ぎて、而して此の混沌時代にありて放縦を極めたるものゝみ。
封建時代の戯作者(げさくしや)は勿論、明治時代の新聞小説家も全然この便法を用ひなかつたのではなかつた。美術家は、——たとへばロダンはやはり部分的には彼の作品を弟子に作らせてゐたのである。
寛政三年生で當時三十八歳の戲作者(げさくしや)焉馬が、壽阿彌のためには自分の贔屓(ひいき)にして遣(や)る末輩であつたことは論を須(ま)たない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
徳川中期の草雙紙、黄表紙、それから洒落本の類をあけて見たものは、當時の戲作者(げさくしや)が度はづれた笑に一驚するであらうと思はれるほど多くある。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)