繃帯ほうたい)” の例文
旧字:繃帶
仕方がありませんから私の口に綿を一パイに詰めて、上から繃帯ほうたいをしまして、針で縫うた傷がいつまでも治らないように見せました。
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
そして彼はそのなぞを解かんとせず、瘡痍そうい繃帯ほうたいせんとした。万物の恐るべき光景は、彼のうちにやさしき情をますます深からしめた。
イエはそれに気づくと眉を顰め、一寸ちょっとお待ちなさいと云って階下へいったが、上ってきたのを見ると、硼酸ほうさん液と繃帯ほうたいを持っていた。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
巌は繃帯ほうたいだらけの顔を天井てんじょうに向けたままだまった、父と子はたがいに眼を見あわすことをおそれた。陰惨な沈黙が長いあいだつづいた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
甲州街道は大部分繃帯ほうたいした都落ちの人々でさながら縁日のようでした。途中でこんきて首をくくったり、倒れて死んだ者もあります。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
太夫元の白玉喬は、繃帯ほうたいした片腕を首にり、足も少しビッコを曳いて、木戸口へかかって来たが、ふと幟竿のぼりざおの下の雷横を見るや
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから数日して、N大尉が海軍病院へ見舞に往くと、S中尉は繃帯ほうたいの中から恐怖におびえた眼を見せて、墜落の原因を話した。
空中に消えた兵曹 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二人ふたりは、いつかその病院びょういん病室びょうしつ案内あんないされたのでした。准尉じゅんいは、しろ衣物きもののそでにせきしるしのついたのをて、あし繃帯ほうたいしていました。
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
顔全体を繃帯ほうたいで巻いているために、それが果たしてその婦人なのか、別の女が変装しているのかわからないという興味を取り扱っている。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
喬介はそう言って、笑いながら右腕の袖口カフスをまくしげて見せた。手首の奥に白い繃帯ほうたい、赤い血を薄くにじませて巻かれてあった。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
右の腕を繃帯ほうたいで釣るして左の足が義足と変化しても帰りさえすれば構わん。構わんと云うのに浩さんは依然としてあなから上がって来ない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やはりあのとき重傷を負った蟹寺博士が病院のベッドの上で繃帯ほうたいをぐるぐる捲きつけた顔の中から細々とした声で語ったところによると
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
目はその間も額縁がくぶちに入れた机の上の玉葱たまねぎだの、繃帯ほうたいをした少女の顔だの、芋畑いもばたけの向うにつらなった監獄かんごくの壁だのを眺めながら。……
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
陳列品の中で思ひがけなかつたのは、ミイラのおびただしい蒐集しゅうしゅうであつた。非常に保存がよく、繃帯ほうたいまで原態をとどめてゐるのも少なくなかつた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
繃帯ほうたいを取替へるとか、背をさするとか、足を按摩あんまするとか、着物や蒲団の工合を善く直してやるとか、そのほか浣腸かんちょう沐浴もくよくは言ふまでもなく
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
附添つきそいの看護婦は元気のよい人で、「御隠居様は大層経過がおよろしそうですが、どうも繃帯ほうたいをおいじりになっていけません」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
子規の頃にはまだギブスがなかったとみえ、毎日繃帯ほうたいを取換えている。繃帯を取換えるとき「号泣又号泣」と書いてある。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いや、そうじゃないんだ、ヤグラをあげた(怒ってあばれた)はいいが、多勢に無勢でやられちゃったと、俺は繃帯ほうたいをした手を隠すようにした。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
西洋の女学校では必ず看病学や繃帯ほうたいの仕方を教えると聞いていますが私どもの理想に良人おっとの怪我を手当するなんぞという事は夢にもありません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そこで手早く繃帯ほうたいを捲き、自分の口をすすぎ、手当をつくして、それから右の子供を背中に背負って急いで子供の家へ連れて行ってやりました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
靴紐くつひもや靴墨、刷毛はけが店頭の前通りにならび、たなに製品がぱらりと飾ってあったが、父親はまだ繃帯ほうたいも取れず、土間の仕事場で靴の底をつけていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は彼の部屋のドアの外側の把手とってには、何故だか知らないけれど、ガアゼの繃帯ほうたいが巻いてあったことを突然思い出した。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
投げ銭で額を割られて、少し大袈裟おおげさ繃帯ほうたいはしておりますが、根が丈夫そうで、大した屈托もなく働いている様子です。
旗艦『ケンタッキー』では、ヤーネル大将が、艦橋ブリッジで、がんばっている。負傷したのか頭に繃帯ほうたいをぐるぐる巻いている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
もうすっかり繃帯ほうたいは取れていたが、彼の顔色にはすぐれないものがあった。傷のいたみは、いろいろな形で、彼の精神にもひびいたのかも知れない。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
使ったせいか、繃帯ほうたいを外ずして来た左の眼がしきりに痛み出して涙がぽろぽろ出だした。わたしはたもとからハンケチを取出して押えねばならなかった。
美少年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ぎりぎり繃帯ほうたいをしていました、綿銘仙のあかじみたあわせに、緋勝ひがち唐縮緬めりんすと黒の打合せの帯、こいつを後生大事にめて
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ボーイ長のまっ白の繃帯ほうたいは、それでも血がにじんで来た。「うみが出るよりはいいね」と、ボーイ長は笑う元気が出た。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
看護卒は、負傷した少尉の脚に繃帯ほうたいをした。少尉の傷は、致命的なものではなかった。だから、傷がえると、少尉から上司へいい報告がして貰える。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ところが、手に腫物はれものが出来て切開したばかりの大奥さんは、繃帯ほうたいでぐるぐるきにした手を眺めながら困った顔をして、むしろ頼むように私に言った。
うみがしみ込んで黄色くなった繃帯ほうたいやガーゼが散らばった中で黙々と重病人の世話をしている佐柄木の姿が浮かんで来ると、尾田は首を振って歩き出した。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
両眼に繃帯ほうたいした人に向って、繃帯を通して眼をじっとこらすようにといくら元気づけたところで、その人はけっして何かを見ることはできませんからね。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
医者のほかには佐助にさえも負傷の状態を示すことを嫌がり膏薬こうやく繃帯ほうたいを取りえる時はみな病室を追い立てられた。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かれの片眼をつつんでいる繃帯ほうたいなどは、なんの眼障りにもならなかった。そのときの墨染すみぞめは今の幸四郎であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
くび湿布しっぷ繃帯ほうたいをして、着流しの伊達だてまきの上へ、の紋ちりめんの大きな帯上げだけをしょっている女は、掃き寄せを塵取ちりとりにとったりして働いていた。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
肺炎と坐骨神経痛と風眼とが同時に起った時、彼は、眼に繃帯ほうたいを当て、絶対安静の仰臥ぎょうがのまま、ささやごえで「ダイナマイト党員」を口述して妻に筆記させた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
知識も道徳もなくてかなわぬものであるが、本能的生活の葛藤かっとうにあっては、智的生活の生んだ規範は、単にその傷を醜くおお繃帯ほうたいにすらあたらぬことを知るだろう
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼女は、産婦さんぷのように血のが薄らいでいる。しかも一大危険をおかしたという得意さがつつみきれず、ていねいに繃帯ほうたいを巻いた指を前のほうへ差し出している。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
眼をむいて、女房を怒鳴りつけようとしたが、繃帯ほうたいしている殴られた頭部の傷が、ピリピリとひきつる。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
私は一時ぼんやりしたように立って居たが、やがて気を取りなおしてとりあえず、ポケットから手巾ハンケチを取り出して、傷口を繃帯ほうたいし、びっこをひき乍ら家に帰った。
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その翌日のことでしたが、彼女のうちへ行って見ると、彼女は顔の半面を繃帯ほうたいしているではありませんか。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
八日目の午後になって、春代が初めて見舞に来たが、その時には額の繃帯ほうたいは既に除かれていたので、疵のあとはその晩路地ろじで転んだことにいいまぎらしてしまった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この泥自ずから身毛に留まってこれに木生ぜしなりと。戦士の傷口に詰め込んだ土から麦が生えた話や、繃帯ほうたいの上に帽菌が生えた譚もあれば、全く無根でもなかろう。
右手に繃帯ほうたいをしていられましたようですが、ふだんと何の変った御様子もあらせられず穏やかに微笑んでいらっしゃるのを見ました時には私共国民は、感激のあまり
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
まだねむらないで南京虫なんきんむしたたかっているものもあろう、あるいつよ繃帯ほうたいめられてなやんでうなっているものもあろう、また患者等かんじゃら看護婦かんごふ相手あいて骨牌遊かるたあそびをしているものもあろう
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
おぢいさんはきのふの晩から歯が痛くて仕方がないので、ほつぺたを繃帯ほうたいしてお医者に行かうとしましたが、おぢいさんは貧乏なものですから、一銭もお金がないのでした。
歯と眼の悪いおぢいさん (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
いつかあたしが、足の親指の爪をはがした時、お母さんは顔を真蒼まっさおにして、あたしの指に繃帯ほうたいして下さりながら、めそめそお泣きになって、あたし、いやらしいと思ったわ。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
上野の博覧会の仕事もあと二三日で終ると云う夕方、与一は頭中を繃帯ほうたいで巻いて帰って来た。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
伝平はいつの間にか、幾種類かの薬品や、繃帯ほうたいや脱脂綿などまで持っているのであった。部落の人達も、馬で困ることがあると、すぐ伝平のところへ相談に行くようになった。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
鋳物工の職工は、どれも顔にひッちりをこしらえたり、手に繃帯ほうたいをしていた。砂型に鉄を注ぎ込むとき、水分の急激な発散と、それと一緒に起る鉄の火花で皆やけどをしていた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)