とざ)” の例文
かの旗手とともにこの物遠く紅の海邊うみべに進み、彼とともに世界をば、イアーノの神殿みやとざさるゝほどいと安泰やすらかならしめき 七九—八一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
二重にとざされた戸の外には風の音もしないので、汽車が汽笛を鳴らして過ぎる時だけ、実世間の消息が通うように思われるのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は日暮れに遊びに出た次手に怖々こはごは龜藏の家の見えるところまで行つて見たが、あたりは繩張りがされて、家は堅くとざされてゐた。
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
あゝ、鍵は海へ沈みたるなり、鳴りひゞく洞窟いはやにいたり、とざせし扉の上に、ひとたびは黄金きんの鍵を見出でぬ、かくて開き得もせず
嘆きの孔雀 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
とく州の兵器庫はみん代の末から久しくとざされていたが、順治の初年、役人らが戸を明けると、奥の壁の下に小さい人間を見いだした。
彼ははなはだ事態を楽観しているのである。その言うところによれば、明後日までには、われわれはとざされた氷から脱出することが出来る。
濛々もうもうと天地をとざ秋雨しゅううを突き抜いて、百里の底から沸きのぼる濃いものがうずき、渦を捲いて、幾百トンの量とも知れず立ち上がる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と振離され、得三たちまち血相変り、高田の帯際むずとつかみて、じりじりと引戻し、人形のうしろの切抜戸を、内よりはたととざしける。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌朝、例刻にめざめて、例の通りまず主人の部屋を訪れて見ると、昨日は固くとざされたドアが、今日は押せばすぐにあきました。金椎は
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
庸三は少し手前で自動車をおりてから、門の前まで来ると、庸太郎と青年権藤ごんどうに言った。門にさわってみると、戸はもうとざされていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一旦いったん眼前めのまえの平和が破れてからは、岸本は一方に輝子を見ることも苦しく思い、一方には門をとざしてあるも同様に引籠ひきこもり勝ちな今の身で
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
空は雨にとざされて、たださえ暗いのに、夜はもうせまって来る。なかなか広い庭の向うの方はもう暗くなってボンヤリとしている。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小屋は全部外からとざした上、入口の——今お六の入った締りは、闇に馴れないガラッ八の眼ではどうしても捜せなかったのです。
泉原はそういって左側の家から順々と見ていったものゝ、どのうちも道路に向った窓をとざして、無人の境のように静り返っていた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
しかし大きく乱立している熔岩の多くには木振きぶりのいいひねた松が生え熔岩そのものも皆紫褐色しかっしょくに十分さびており、それに蘚苔せんたいとざしていて
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
一行はアルバノの山をえたり。カムパニアの曠野ひろのは我前によこたはれり。道の傍なる、蔦蘿つたかづら深くとざせるアスカニウスのつかは先づ我眼に映ぜり。
下関発上り一二等特急、富士号、二等寝台車の上段のカーテンをピッタリととざして、シャツに猿股さるまた一つのまま枕元の豆電燈をけた。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いな、これより二時ふたときばかりを熟睡のうちに過したるなり、醒むれば雑草ふかくとざせる、荒屋の塵うづたかき竹椽の上に横れる。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
それは周囲の山がすべて濃霧にとざされて方角がわからないのと、快晴の日の登山は、自分の歩いた道をあまり頭に入れていないためである。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
嫁も起きでて泣きながらいさめたれど、つゆしたがう色もなく、やがて母がのがれ出でんとする様子ようすあるを見て、前後の戸口をことごとくとざしたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大師よろこびをなして内へ入ぬれば、門をとざしかためて奥の方に入るに、後に立ちて行きて見れば、様々の屋ども造り続けて人多く騒がし。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「はい」「はい」海軍機は、すでに、魔の海——大渦巻の上空を去って、夕靄ゆうもやの深くとざした大海原おおうなばらを、西方指して飛んでいる。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
白く谷川がさらさらとながれている。その辺は一面に小石や、砂利で、森然しんとして山に生い茂った木立が四境あたりを深くとざしている。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
人々は強いて昂然としているらしかったが、雪にとざされた窓の外の景色は、混濁した海を控えていて、ひそかに暗いうれいたたえているのだった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
余りの可恐おそろしさに直行は吾を忘れてその顔をはたとち、ひるむところを得たりととざせば、外より割るるばかりに戸を叩きて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
糸瓜の棚の上あたりに明るい月が掛っていた。余は黙ってその月を仰いだまま不思議な心持にとざされて暫く突立っていた。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
春星しゆんせいかげよりもかすかに空をつゞる。微茫月色びばうげつしよく、花にえいじて、みつなる枝は月をとざしてほのくらく、なる一枝いつしは月にさし出でゝほの白く、風情ふぜい言ひつくがたし。
花月の夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
世間の者は己を省みないのが癖になって、己を平凡なやつだと思っているのだ。(家来来て桜実さくらんぼう一皿を机の上に置き、バルコンの戸をとざさんとす。)
西天を彩れる夕映の名残も、全く消え果て、星の光は有りとは言へ、水面は、空闊にして、暗色四面をとざし、いよいよ我が船の小なるを想うのみ。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
しかし何度頼んでみても、小厮は主人の留守るすたてに、がんとして奥へ通しません。いや、しまいには門をとざしたまま、返事さえろくにしないのです。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さうして自分じぶん天地てんちそのはねを一ぱいひろげる。何處どこてもたゞふかみどりとざされたはやしなか彼等かれらうたこゑつてたがひ所在ありかつたりらせたりする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
霧ヶ峰方面は未だ白雲裡にとざされて居た。一行十九人の健康で、雨中の登山を仕遂げた勇気は、将に女生十五人に向って感嘆の意を表するのである。
女子霧ヶ峰登山記 (新字新仮名) / 島木赤彦(著)
いかに切り開いても切り開いても、幾重の荊棘と毒草とが重なり合つて行く手をとざし、動くことはます/\そのとげと毒とに傷害されることになつた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
こうした妙な心持になって、心当こころあてに我家の方角を見ていると、忽ちはたと物に眼界をとざされた。見ると、汽車は截割たちわったように急な土手下を行くのだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
両側の商店は既にを消し戸をとざしている。夜肆よみせも宵のうち雨が降っていたのと、もう時間がおそいのとで、飲みくいする屋台店が残っているばかり。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると看護人に伴なわれた辰夫は別な廊下へ——そこには鉄の扉が三ヶ所にもとざされているが、まるで私をも幽閉する音のように鋭い金属のひびきを放ち
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それから先生は常にこの有効な手段を用ひてひとの質問の口をとざしたが、こちらはまたその屈辱を免れるために修身のある日にはいつも学校を休んだ。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
人間だつたら、大きな悲しみにとざされた余り、あらゆる希望を抛つて、死を覚悟したと云ふところでもあらうか。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
客人は重き罪人として網輿あみかごに送られ江戸に赴き候。自分家は御叱りの上七日間門をとざし営業停止申し附けられ候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
其上の高い岩の狭間から烟のような霧が下り始めたかと思うと、見る間に四辺はぴったりととざされてしまった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ベッドに近い窓からは、ハルデルの絶壁が、青葉の梢にのしかかって、今日は尾根は密雲みつうんに深くとざされておる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
鉄門はすでに固くとざされたり、赤煉瓦あかれんぐわへいに、高く掲げられたる大巾おほはばの白布に、墨痕ぼくこん鮮明なる「社会主義大演説会」の数文字のみ、燈台の如く仰がれぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
風塵ようやく収まって世界は今や夕凪ゆうなぎの寂静に帰ったが、この平和を間歇かんけつ的のものたらしめず永久に確保し行かんと欲する事が、この五年間戦雲にとざされた後に
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
この通りの西側に、洒落しゃれた格子の門構えは陶工永楽の住居。門はとざして居るが、塀越しに見える庭に面した障子に、ともし火の影がほの黄色く浮んで懐かしい。
六日月 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
空気もなく、未来もなく、欲望や希望の輝きもなく、何物にも興味のない、とざされた生活。——彼女にとって最もつらいのは、主人たちが田舎いなかへ行く時だった。
チベットは政治上の鎖国を厳格に守って居るけれども、通商上においては決して国をとざすことが出来ない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
門扉をとざした Villa〔別荘〕、木蔭の小さい家、家、家、ボヘミア風の帽子をかぶり、半洋袴ズボンをはいた男がパイプをくわえてリュックサックを負うて通る。
ふもとかすみは幾処の村落をとざしつ、古門こも村もただチラチラと散る火影によりてその端の人家をあらわすのみ、いかに静かなるひなの景色よ、いかにのどかなる野辺の夕暮よ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
心の奥の秘宮の門をとざして、軽浮なる第一宮の修道を以て世を救はんとするの弊や、知るべきなり。
各人心宮内の秘宮 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
やがて、とざされた扉が開かれると、その隙間から、硝子ガラスの上に横たわっている真黒な人影が見えた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)