退)” の例文
『——伝右どの、お気持は有難くいただいた。然し、公儀の断罪を待つ私共……身に余りまする。何卒なにとぞ、お火鉢はお退げ置き下さい』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「きゃっ‼」叫んで理学士、二歩うしろへ退がったが「赦して下さい兄さん、あなたを殺したのは悪かった。赦して下さい‼」
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、その退がると、彼女は微笑ほゝえみながら云つた。「いゝあんばいに、今度だけは、足りない分を私の手で都合がつけられるのよ。」
西蔵宮中の不文律に依って陛下はお位を無理に退げられ、陛下がかつてご一歳の時ご両親の膝元から掠奪され宮中へ連れられて参りましたように
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから同じ物をもう一つ主人の前に置いて、一口もものを云わずに退がった。木皿の上には護謨毬ゴムまりほどな大きな田舎饅頭いなかまんじゅうが一つせてあった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「汝こそ退がれ、一刻の後にはどうなるか分らないものが、汝の身に迫っていることに気がつかんか。」
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「かしこまりました」白髯しろひげ大臣だいじんはよろこんで子供こどものように顔を赤くして王さまの前を退がりました。
四又の百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「熱はもうすっかり退がりました。津軽先生が、この薬とてもよくくとおっしゃるの」
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
兵馬は小手調べを見事に失敗しくじって、こっちから仕かけたいくさに負けて一時ハッとしたが、この一手でおおよそ敵の手段のあるところがわかったらしく、退って中段に構えたなり動かず。
退げましょうか」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「敵はきのうの大敗で、すでに遠く陣地を退げてしまったのに、遼将軍にはなぜいつまで、甲も解かず、兵に休息もさせないのですか」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからおなものをもうひと主人しゆじんまへいて、一口ひとくちもものをはずに退がつた。木皿きざらうへには護謨毬ごむまりほどなおほきな田舍饅頭ゐなかまんぢゆうひとせてあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一歩退がれば谷である。島君は左の片足を危く突き出た岩へ掛け右足を前へ踏みしめてわずかに体を立て直した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
探偵は一歩後ろへ退がると共に、抽出ひきだしから取り出した自動拳銃ピストルを龍介に向けた。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、ザッザ、ザッザと、草の波を分けて、押し進んで来るのを見て、将門は、急に馬を退げて、意気地なく、ためらい出した。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この感じをあくる日まで持ち続けた彼は、何時もの通り朝早く出て行った。そうして午後に帰って来て、細君の熱がもう退めている事に気が付いた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下僕はそこで引き退がったが、やがて再び現われると、武士を座敷へ導いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わけてその廊を奥へ行く美人、退がって来る美人——何かを捧げ持って——燈影とうえいの下を楚々そそと通う女性たちの色やにおいにそれが濃い。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やうや下女げぢよ退がりきりに退がると、今度こんどだれだか唐紙からかみ一寸いつすんほど細目ほそめけて、くろひか眼丈めだけ其間そのあひだからした。宗助そうすけ面白おもしろくなつて、だまつて手招てまねぎをしてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と云うと鳰鳥におどりは、一膝退がって大地に手をつき、まず恭しく一礼したが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
汝のごときは、その場から逐電ちくてんして今日こんにちにいたった不届き者、復職などはまかりならん。もってのほかな願い。とッとと退がりおろう
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ようやく下女が退がりきりに退がると、今度は誰だか唐紙からかみを一寸ほど細目に開けて、黒い光る眼だけをその間から出した。宗助も面白くなって、黙って手招ぎをして見た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今さらのように、成政は、秀吉の真を知った心地に打たれながら、営所を退がって、前田家の陣所の前を、悄々しおしおと、退がって来た。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「三井です。三井はもつとうまいんですがね。此画はあまり感服出来ない」と一二歩退がつて見た。「どうも、原画が技巧の極点に達した人のものだから、うまかないね」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
小次郎はうなずいて後へ退がった。そして御池十郎左衛門や門下の者と、しばらく話し合っていたが、やがてまた一人離れて来て、武蔵へ
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
したがって我々は「おい一郎」とか「おいお重」とか云って、わざわざそこへ呼び出されたものであった。自分は兄よりもはるかに父の気に入るような賛辞を呈して引き退がった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午餐なので、杯盤はいばんはまもなく退げられ、甘い酒と、果盆かぼんが代って出た。いや、さらに美々しい一盆には、五箇の銀塊が乗っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
銀杏の並木が此方こちら側で尽きる右手には法文科大学がある。左手には少し退がつて博物の教室がある。建築は双方共に同じで、細長い窓の上に、三角にとがつた屋根が突き出してゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
『貴様の考えが、逆さまなのだ。水かけ論はやめにしよう。置いてわるい小間使なら、そっと宿先へ退げてやればよいではないか』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
和尚おしょうの室を退がって、廊下ろうかづたいに自分の部屋へ帰ると行灯あんどうがぼんやりともっている。片膝かたひざ座蒲団ざぶとんの上に突いて、灯心をき立てたとき、花のような丁子ちょうじがぱたりと朱塗の台に落ちた。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、石田佐吉が、帰りを告げ、その佐吉が小姓部屋へ退がると、入れ代りに、黒田官兵衛孝高がびッこを曳きながら入って来た。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひたひに少し皺をせて、対岸むかふぎしから生ひかぶさりさうに、たかく池のおもてに枝をのばした古木の奥を眺めてゐた。団扇を持つた女は少し前へ出てゐる。白い方は一歩ひとあし土堤どてふちから退がつてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
主客の間には、幾たびか茶がつぎ代えられ、そのたび大助の嫁らしい女性が見えて、何くれとはなく気をくばって退がってゆく。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し仕方がないから、礼をして父の前を退がろうとした。ときに父は呼び留めて
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いてはすすめず、大助も嫁もほどよく退がる。——その間も、竹林の彼方から、はたに似た音がしきりに耳につくので、佐渡は
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し仕方がないから、礼をしてちゝまへ退がらうとした。ときにちゝは呼びめて
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ふたりとも、退がって、少し休息するがいい——と許され、三成と、山城とは、相携あいたずさえて、庭へ出た。新秋八月の大きな月が空にあった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからきよを呼んでぜんを台所へ退げさした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先手の兵が、射程距離の外へ退がったので、自然、城方の鉄砲もやんだ。が、相互の戦気は、まさに、一触即発の寸前にあるかに見えた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それからきよんでぜん臺所だいどころ退げさした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
範宴は、あつく礼をのべて退がった。性善坊にも告げ、学寮の人々にもそのよしを告げて、翌る日、山門を出た。同寮の学生たちは
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いただくときは一人一人が、氏名をよばれて控ノ間から進み入り、陛下への拝礼をして、総理の手からうけて退がるのである。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして、六条の範綱のりつなやかたまで、一息に来たが、折わるく範綱は後白河法皇の院の御所へまかり出ていて、まだお退がりにならないという。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白刃をならべた三名に、横からまた二名ほど加わって、相手は、肩をすぼめ合いながら、踵摺かかとずりに後へ後へと退がって行った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家にはいると、彼はすぐ師の病室をそっとうかがった。勘兵衛は昏々こんこんとふかい寝息の中にある。ほっと胸をなでて、彼は自分の居間へ退がった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鍋の残り飯でさえ、あんなに怒った虚無僧が、けがらわしい物でも見るように、強く首を振って、膝まで後へ退がってゆく。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
退がれば、叱られる。進もうとするが、進めない。伊織の体が、くわっと熱くなる。人間の手につかまれたせみの体みたいにくわっと熱くなる。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お客様は、独りが好きだと仰せられる。孤独を愛す、それ君子の心境だ。……さ、お邪魔しては悪い、あちらへ退がろう」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちまち、そこの中軍を挙げて、生田の辺まで引き退がって来た。いや、義貞にすれば、退くにあらず、転進の意気だった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三蔵が退がりかけると、勝入は、待てと押しとどめ、さらに近臣をよんで、馬の背にでも積まなければ持てないほどな金銀をそこに置かせた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)