きず)” の例文
大柄で筋骨たくましい身体からだや、額のきずや、赤銅しゃくどう色の刻みの深い顔など、悪人らしくはありませんが、大親分の昔を忍ばせるには充分です。
頭の頂上てっぺんにチクチク痛んでいる小さな打ちきずが、いつ、どこで、どうして出来たのかイクラ考えても思い出し得ないのであった。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
また、参考源平盛衰記には、義仲の首には、左右の眉の上にきずがあって、その疵かくしに、米の粉が塗ってあったと、描写してある。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「オウ、こりゃブレインさんに違いないわい。ブレインさんは左の耳にたしかにこのきずがあったで」ブラウンは静かにこういった。
………四十五歳トイウ年齢ニ達スルマデ、ソノ間ニハ女児ヲ一人分娩ぶんべんシナガラヨクモソノ皮膚ニ少シノきずモシミモ附ケズニ来タモノヨ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
(興奮しつつ、びりびりと傘を破く。ために、きずつき、指さき腕など血汐ちしおにじむ——取直す)——畜生——畜生——畜生——畜生——
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秀才の女房は眼蓋まぶたの上にきずがある——しばらく逢わないが呉媽はどこへ行ったかしらんて……惜しいことにあいつ少し脚が太過ぎる
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
意地のねえ、どれどれこいつは我が背負って行ってやろう、十兵衛が肩のきずは浅かろうな、むむ、よしよし、馬鹿どもさようなら。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「艶じゃア無い、真個ほんとにサ。如才が無くッてお世辞がよくッて男振も好けれども、唯物喰ものぐいのわりいのが可惜あったらたまきずだッて、オホホホホ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
出口の板橋へ向うとき、わたくしは「あの話聞いてどう思った」と訊きますと、葛岡は「先生も小さいときにきずを入れられた人間だね」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
又「打ったで済むか、ことに面部の此のきず縫うた処がほころびたら何うもならん、亭主の横面を麁朶そだで打つてえ事が有るか、ふてえ奴じゃアおのれ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
学校の内、きわめて清楚、壁にきずつくる者なく、座を汚す者なく、妄語せず、乱足せず、取締の法、ゆきとどかざるところなし。
京都学校の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
姑はかすかなかすりきずを負って逃げ出した。こうして意外な悲劇が突発し、嫁が姑を刺したという稀有な故殺未遂犯が成り立った。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
二十一二の若い男で、色白の小綺麗な、旗本屋敷の若侍とでも云いそうな風体ふうていで、匕首あいくちか何かで突かれたらしいきずが四カ所……。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
後年、人呼んで此の傷を左衛門きずと云った。池田と酒井とは、前夜信長の前で、家康を先陣にするかしないかで議論をし合った仲なのだ。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その、どこやら物足らなさを、彼女の魂の中の暴君が、誇をきずつけられたように感じ、恋もし、慕いもしたが、また悔みもした。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
これで顔にむこうッきずでもあれば、うってつけの服装つくりなんですが、それこそ、辻のお地蔵さんへあげるお饅頭みたいな、あいくるしい顔だ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
このほか「古い」とか「珍らしい」とか「きずがない」とか、色々の価値標準を持ち出して、それに適合すれば「これはよい」と安心する。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
指先をつかうことがだんだん慣れてくると、テーブルに手を触れただけでも、どこにきずがあるか、また、汚点があるかもわかるようになる。
触覚について (新字新仮名) / 宮城道雄(著)
杜氏は、こういう風にして、一寸したきずを突きとめられ、二三年分の貯金を不有にして出て行った者を既に五六人も見ていた。
砂糖泥棒 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「そなたのやうな生物しり。……。唐山にはかういふ故事がある。……。和漢の書を引て瞽家こけおどし。しつたぶりが一生のきずになつて……」
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ある時一尺ばかりなる小蛇来つて、この鐘を尾を以てたたきたりけるが、一夜の内にまた本の鐘になつて、きず付ける所ひとつもなかりけり云々。
耳の際を切ったきずが腐って来てうみが出るので、それにねずみがついて初めは一二匹であったものが、次第に多くなって防ぐことができないので
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
終夜夫アレサンドロ氏によって残酷むごたらしき責め折檻に遭わされたらしく、額部より顔面へかけて三カ所のきずがあった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
これではいかぬと思うて、すこしく頭を後へ引くと、視線が変ったと共にガラスのきずの具合も変ったので、火の影は細長いかぎのような者になった。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
アヽおかへりかと起返おきかへはゝ、おとつさんは御寢げしなツてゞすかさぞ御不自由ごふじいう御座ございましたらうなにもおかはりは御座ございませんかと裏問うらとこゝろきずもつあし
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして、もう鵞鳥も鳴きやみましたので、エミリアンはお爺さんに別れ、きずのなほつた鵞鳥にも別れて、旅をつゞけました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
死ぬるどころか、双方かすりきず一つ受けないことだって在り得る。たいてい、そんなところだろう。死ぬるなんて、並たいていの事ではない。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もしその時、弟子が袖をかざして、慌てゝ顔を隠さなかつたなら、きつともうきずの一つや二つは負はされて居りましたらう。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それから神棚の方へ頤をしゃくったが、「五郎蔵の賭場、一度のきずも附いたことのねえのは、天国様が附いているからよ。喜代三、勝負しろ」
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうして自分が爪の先で突いた小さなきずが石と共に大きくなっているので、びっくりしてこの水神様の前へ投げ出しました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
... 持って来てくれたそうだ。随分滑稽こっけいさね。大原君だって別段に悪い点もないがにしろあの大食では恐れる」小山「大食だけがあの男のきずだ。 ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
正月の十日に各家の家長はきずなき当歳の牡の羔羊を選び取って十四日まで守りおき(すなわち十日から十四日までが過越の祭りの準備である)
貨幣の面には少しもきずがつかないように両片をくりぬき、その縁に螺旋条らせんじょうをつけて、また両片がうまく合わさるようにこしらえることがある。
其方儀主人しゆじんつま何程なにほど申付候共又七も主人のつき致方いたしかた有之これあるべき處主人又七にきずつけあまつさへ不義ふぎの申かけを致さんとせし段不屆至極ふとゞきしごくに付死罪しざいつく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それに横わると、ほとんどすべての抵抗がとれて、肉体のきずも魂のうずきおのずから少しずついやされてゆく椅子——そのような椅子を彼は夢想するのだった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
強い胡麻ごま塩の髪をぴったり刈りつけて、額が女の様に迫って頬には大きなきずがある政の様子は、田舎者に一種の恐れを抱かせるに十分であった。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
新内流しんないながしにて幕あくと女巡査二人下手しもてより出で上手に入る。遊び人斎藤(年廿五、六。顔にきずあり。色白の美男。洋服。)
色白の細面ほそおもてまゆあわいややせまりて、ほおのあたりの肉寒げなるが、きずといわば疵なれど、瘠形やさがたのすらりとしおらしき人品ひとがら
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
造ります際に数の都合上どうしても、きずのあるのを一つ使わねばならないので、ひさしの蔭に眼のつかない所へめたのです
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
貪慾な所有者は家宝の花瓶に少しくらいきずのついた時には、くやしくて、残念で、二晩や三晩は眠れないかも知れない。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
この世においでにならぬ御名にさえきずをおつけすることになってはならぬと、何事にも控え目になっている女王はどちらからも返事をしなかった。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
二人はそれを伏し拝んで、かすかな燈火ともしびの明りにすかして、地蔵尊の額を見た。白毫びゃくごうの右左に、たがねで彫ったような十文字のきずがあざやかに見えた。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
年は四十ばかりで、かろからぬ痘痕いもがあッて、口つき鼻つきは尋常であるが、左の眼蓋まぶた眼張めっぱのようなきずがあり、見たところの下品やすい小柄の男である。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
もちたる木鋤こすきにて和尚をほりいだしければ、和尚大にわらうちを見るにいさゝかきずうけず、みゝかけたる眼鏡めかねさへつゝがなく不思議ふしぎの命をたすかり給ひぬ。
道庵としてはまことにかどのない、当りさわりのない、海老蔵にも、海土ちゃんにも、きずのつかないような挨拶をしました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いくら歌劇「ボリスゴドノフ」をうたっては世界一であろうとも、こんなにわがままでは人間としての値打にきずがつく、惜しいものだと思いました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
憎みうらめるいかりの余に投返されて、人目にさらさるる事などあらば、いたづらに身をほろぼきずを求めて終りなんをと、遣れば火に入る虫のあやふく、捨つるは惜くも
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「さうすりやはあ、おたげえにえゝ鹽梅あんべえきずもつかねえんだから、れもさうはおもつちやんだが、れ、いふのもをかしなもんで」卯平うへいほゝにはやゝべに
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
親指の中ほどできずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)