爪先つまさき)” の例文
其所そこは栃木県下の発光路ほっこうじという処です。鹿沼かぬまから三、四里奥へ這入はいり込んだ処で、段々と爪先つまさき上がりになった一つの山村であります。
われわれの子供時代に感じさせられたように頭の頂上から足の爪先つまさきまで突き抜けるような鋭い神秘の感じはなくなったらしく見える。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
田鶴子が爪先つまさきを伸ばして、屋形船の上を指先で探っていたのを、帆村は望遠鏡の中で認めた。それだから彼は今、同じことを試みた。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かかとをつけて爪先つまさきだけ開き、ぴったりそろえた両脚を前へ突き出しながら、黙って身動きもせずに、しゃんと椅子の上にすわっていた。
パジョオルは、母羊の深い毛をかき分けて、爪先つまさきで、一匹の、黄色い、丸い、肥った、満腹らしい、すごく大きなダニをつかまえた。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
一人は細いつえ言訳いいわけほどに身をもたせて、護謨ゴムびき靴の右の爪先つまさきを、たてに地に突いて、左足一本で細長いからだの中心をささえている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
親指の爪先つまさきから、はじき落すようにして、きーんと畳の上へ投げ出した二分金ぶきんが一枚、れたへりの間へ、将棋しょうぎの駒のように突立った。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
逃げ出した足跡なら、爪先つまさきに力が入つて深くめり込んで居る筈なのに、あの足跡は爪先が輕くてかゝとの方が深くめり込んで居ますよ。
直ぐその家に眼をったのであるが、花崗岩みかげいしらしい大きな石門から、かえで並樹なみきの間を、爪先つまさき上りになっている玄関への道の奥深く
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それにたたずんでいるのに足が爪先つまさきからだんだんに冷えて行って、やがてひざから下は知覚を失い始めたので、気分は妙にうわずって来て
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こころみに、手近の一人をとって観察するに、頭から足の爪先つまさきまで、一枚の黒い布に包まれているのだ。手もあしも黒いだぶだぶの袋だ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「どうしたね勘次かんじうしてれてられてもいゝ心持こゝろもちはすまいね」といつた。藁草履わらざうり穿いた勘次かんじ爪先つまさきなみだがぽつりとちた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
白地に星模様のたてネクタイ、金剛石ダイアモンド針留ピンどめの光っただけでも、天窓あたまから爪先つまさきまで、その日の扮装いでたち想うべしで、髪から油がとろけそう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幾分すね爪先つまさきに何か故障があるやうだつた。彼はたつた今私が立ち上つたばかりの段々の方へびつこをひいて行つて、坐つてしまつたから。
何の物音も聞こえなかったので、彼はファンティーヌが眠ってるものと思って、そっと室にはいってきて、爪先つまさき立って寝台に近寄った。
しかしちょっとでもひまがあると、家にもどって来て、ひそかにはいってゆき、自分の室か屋根裏かに、爪先つまさき立って上っていった。
そこから爪先つまさきあがりになつて、やがて細い坂道にかかる。その坂道が、いつの間にやら、真新しいアスファルトに変つてゐた。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
その声は私の机のある窓近くでもあるので、書きものゝ気を散らせるので、めてもらはうと私は靴を爪先つまさきにつきかけて、玄関先へ出てみた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
爪先つまさきあがりの小径こみちを斜めに、山の尾を横ぎって登ると、登りつめたところがつの字崎の背の一部になっていて左右が海である
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それから壱岐の島の国分の初丘にあるもの、爪先つまさき北に向かって南北に十二間、幅は六間で踵のところが二間、これを大の足跡と呼んでいる。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
砂浜はひろいけれど、路となっているものは踏みかためた一本の線である。爪先つまさきでさぐるようにして用心ぶかく歩いていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
二人はぴったり肩を押しつけるようにして、爪先つまさきをそろえ、いくらかあらたまったような表情で、何か話しながらそろりそろりと降りて来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
津村は車夫を菓子屋の店先に待たして置いて、往来からだらだらと半町ばかり引っ込んだ爪先つまさき上りの丘の路を、その草屋根の方へ登って行った。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
またかくさんと欲する心を示すものは、目、口、鼻など頭の頂上より足の爪先つまさきに至るまで、一つとして我々の性質を現す機会とならぬものはない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あいちやんは爪先つまさき立上たちあがり、きのこふちのこくまなくうちはしなくもそのたゞちにおほきなあを芋蟲いもむし出合であひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
廻らんと桐山きりやまが見世の角迄かどまで來りし時足の爪先つまさきへ引掛る物ありしゆゑ何心なく取上見れば縮緬ちりめん財布さいふなりしかば町内を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あっ! と言ったがもう遅かったのです。わたしは爪先つまさきで歩いて窓にしのび寄って下を見ますと、西村はぺしゃんこになって倒れて死んでいました。
春もすでに三月のなかばである、木々のこずえにはわかやかな緑がふきだして、さくらのつぼみが輝きわたる青天に向かって薄紅うすべに爪先つまさきをそろえている。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
高さが六尺ぐらいしかない梁だから、小男の庄吉はちょうど爪先つまさきで立っているように、ほとんど足が床板とスレスレのところで、かすかにゆれていた。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
やがてとうとうわたしは立ち上がって、爪先つまさきだちでベッドに歩み寄り、着替えもせずに、そっと頭をまくらにのせた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
寺男は両手を深くその中に差入れたり、両足の爪先つまさきで穴の隅々すみずみを探ったりして、小さな髑髏どくろを三つと、離れ離れの骨と、腐った棺桶かんおけ破片こわれとを掘出した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
風はそよとも吹かぬが、しみるような寒気さむさが足の爪先つまさきから全身を凍らするようで、覚えず胴戦どうぶるいが出るほどだ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
女は刃物を投げてて泣き出した。両手を顔に押し当てて泣く、すすり泣くたびに頭から爪先つまさきまで身をふるわせる。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
三人は川伝いに、爪先つまさきあがりの狭い道をたどって行きました。町の様子はその後よほど変りましたが、山の色、水の音、それは今もむかしも余り変りません。
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私はまるで猛烈なおこりの発作におそわれたように、頭のてっぺんから足の爪先つまさきまで、がたがた震えました。
好きにつかませておいて、お十夜は、ゆるりと右の足を前へ出し、暗い地面を爪先つまさきで探っていたかと思うと、脱げていた雪踏に足を突ッこんで、固くはきなおした。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頭を絞るように彼は、薄いまゆをグット引寄せながら、爪先つまさきねばり付いている赤い泥を凝視みつめた。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
爪先つまさき上りの所所ところどころには、赤錆あかさびの線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。その路をやっと登り切ったら、今度は高いがけの向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。
トロッコ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「それがどうしたんだ」と船長は頭のさきから、足の爪先つまさきまで、ストキの長さを目で測量した。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
爪先つまさきで立った下肢が、直線的に上体をささえつつ爪先の力とは思えぬほどに優雅に滑って行く。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
中にも薄気味の悪い、最もあくどい奴は口をおッぴろげて笑っていやがる。乃公は頭の天辺てっぺんから足の爪先つまさきまでひいやりとした。解った。彼らの手配がもうチャンと出来たんだ。
狂人日記 (新字新仮名) / 魯迅(著)
道路は爪先つまさき上がりに高くなって、海岸からだんだんに離れていった。彼は第一のトンネルを越したところから県道を切れて、菜の花の開いているがけの上の山道を入っていった。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
千々岩! 彼は浪子のかしらより爪先つまさきまで一瞥ひとめに測りて、ことさらに目礼しつつ——わらいぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
王はそこで王成の鶉を手に持って、くちばしより爪先つまさきまでくわしく見てしまって、王成に問うた。
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「女みたいに内輪うちわに歩く奴だな」警部の独言に気づくと、成程その足跡は皆爪先つまさきの方がかかとよりも内輪になっている。ガニまたの男には、こんな内輪の足癖が、よくあるものだ。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
爪先つまさきで電話室の硝子戸を突きあけ、「清子さん。電話。」と呼びながら君江は反身そりみに振返ってあたりを見廻したが、昼間のことで客はわずかに二組ほど、そのまわりに女給が七
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お君は、一つ一つの写真について頭から爪先つまさきまで身のまわりの物の値踏をしはじめた。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
イタリーの地形ちけい長靴ながぐつのようだとよくいはれてゐることであるが、その爪先つまさきいしころのようにシシリーとうよこたはつてをり、爪先つまさきからすな蹴飛けとばしたようにリパリ火山群島かざんぐんとうがある。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
リンコルンは応接室に入つて来たが、へや中央まんなかに突立つてゐる背高男のつぽが目につくと、挨拶をする事も忘れて、材木でも見る様にくつ爪先つまさきから頭に掛けて幾度か見上げ見直してゐる。
さあこうなると、狐の方では入ることができませぬ。頭は金の帽子、お尻はゴムのふんどし、お臍はゴムの着物、もう頭の天上より足の爪先つまさきまですきまがないので、大いに困っておりました。
妖怪談 (新字新仮名) / 井上円了(著)