殺伐さつばつ)” の例文
あつくして問るべしまづ第一に天一坊の面部めんぶあらはれしさうは存外の事をくはだつる相にて人を僞るの氣たしかなり又眼中に殺伐さつばつの氣あり是は他人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もっとも、殺伐さつばつな戦場生活だの、僻地へきちから曠野こうや流浪るろうしてきた身なので、よけいに、彼方の女性が美しく見えたのかもしれない。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その他、弁舌よく、それがために吉なることあり、また損耗することあり、女難などあり、内心に殺伐さつばつの気あり。慎むべし。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その時宿主らの連れて居る猟犬は兎狩うさぎがりに行って兎を喰殺して帰って来るという始末しまつで大変に殺伐さつばつな光景が現われて来た。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
お姫様と力を合わせ殺伐さつばつであったこのお城を祈祷十字架きとうクルス聖灯の光で隈々隅々くまぐますみずみまで輝いている教団と一変させました。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから荒井城内あらいじょうないの十幾年いくねん武家生活ぶけせいかつ……随分ずいぶんたのしかったおも種子たねもないではございませぬが、なにもうしてもそのころ殺伐さつばつ空気くうきみなぎった戦国時代せんごくじだい
その時の高等学校の生徒は今よりもよほど殺伐さつばつで粗野でした。私の知ったものに、夜中よる職人と喧嘩けんかをして、相手の頭へ下駄げたで傷を負わせたのがありました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
顔は阿弥陀あみださまを始め、気高い仏でありながら、剣や弓矢などの武器を手にして、ふりまわしている殺伐さつばつなものと、だいたいこの二つに分けられるのであった。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
滝太はその可愛い、品のある容子ようすに似ず、また極めて殺伐さつばつで、ものの生命いのちを取ることを事ともしない。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
世間のインチキ料理、出鱈目料理にごまかされて生活しておるとすれば、世の中が殺伐さつばつになるのは当り前だ。「衣食足りて礼節をる」は今日においても真実の言だ。
不老長寿の秘訣 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
かる無謀をあえてしたのはドイツ人の心の底に広大な温かい人類愛が欠けて居たからです。ドイツの娘達が男子と一緒になって殺伐さつばつな競走ごっこばかりして居たからです。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
西南戦争ののち程もなく、世の中は、謀反人むほんにんだの、刺客しかくだの、強盗だのと、殺伐さつばつ残忍ざんにんの話ばかり、少しく門構もんがまえの大きい地位ある人の屋敷や、土蔵のいかめしい商家の縁の下からは
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
殺伐さつばつだか、そんなことはわかりません、ただ、尺八の音がして、それが鈴慕の曲だということだけがわかるのです、それだけでいいじゃありませんか——悪ければ悪いように
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
けれど不幸にも一年の間に子をつくることが出来なかつた二人の仲は、次第に殺伐さつばつり、乱暴に為り、無遠慮になつて、そして、その場句あげくには、泣声、尖声とがりごゑを出しての大立廻。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
殺伐さつばつな暗い捕物帳ではなく、呑気のんきな明るいものを書こうということが私の主眼だった。
平次と生きた二十七年 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
胡桃くるみなどを商ふあるじ どうして又ああ云ふ殺伐さつばつな人が、頭をる気になつたのでせう?
往生絵巻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いわゆる方言矯正きょうせいの事業はいかにも有害な殺伐さつばつなるありがた迷惑極まる事である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
明治四年の鉄道敷設問題に際して我輩は刺されようとしたことが、なにしろ維新前後には殺伐さつばつの気がみなぎっていて、刺客縦横しかくじゅうおうの有様であったから、白刃はくじんひらめくくらいは覚悟の前で平気であった。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
もし器の美がなかったら、世は早くも蕪雑ぶざつな世に化したであろう。心は殺伐さつばつに流れたであろう。器の美なき世は住みにくき世である。今の世がいらだつのは、器が醜くなったからではないであろうか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
他の誰の試合の場合に徴しても試合は果し合いだったのである。殺伐さつばつが人生を高調させている動乱の中では、彼の残忍だけを顰蹙ひんしゅくできない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この殺伐さつばつの戦国の世に、旅金ろぎんも持たずどうして加賀まで、長の旅路を参られまするかな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
殺伐さつばつな壮士共と雑居を致しておりまするから、化け物の方も出るすきがなかったものでしょう、それが今晩あたりから、急に人が減って静かになったので、常例で出るものならば
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とくと拜見候處御面相ごめんさう甚だよろしからず第一に目とほゝとのあひだ凶相きようさう現はる是は存外の謀計はかりごとくはだつる相にてまた眼中がんちう殺伐さつばつの氣あり是は人をがいしたる相貌さうばうなり且眼中に赤きすぢありて此筋このすぢひとみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
創業の殺伐さつばつな氣分が失せて、町人に大通だいつうや物識が輩出し、風流韻事ゐんじも漸く武家の手から町人の手に移つて行く時代で、加納屋甚兵衞最初は兩刀を捨てゝ蓄財に專念し、後に家業を放り出して
戸外そとに出て笑うわが顔を鏡に映すならば、そうしてその笑いのうち殺伐さつばつの気にちた我を見出すならば、さらにこの笑いに伴う恐ろしき腹の波と、背の汗を想像するならば、最後にわが必死の努力の
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
要するに、小六の殺伐さつばつなる刃物は、お延をつないでいる強い鎖であり、お延のもつ豊醇ほうじゅんな年増美は、男をとろかす毒液であった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このごろは、世間が殺伐さつばつだから、芝居にも、切ったり張ったりがはやるのか知ら。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「無礼なり、魏延、劉封、ここは鴻門こうもんの会ではない。われら宗親の会同に、なんたる殺伐さつばつを演ずるか。退がれっ、退がれっ」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、こんどのとがは、彼女自身が、われから招いたものだった。無断で子を連れて、こんな都の、しかも殺伐さつばつな時に出て来たことがもとである。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうだろう」と苦笑して——「めったに、ゆるすはずはない。世上は殺伐さつばつ、子を遠くへは出すなと、この父がかたく申しつけておいたのだから」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
門前では気づかなかったが、ここで見ると大機の横顔には、耳わきからあごにかけて、大傷のあとがあった。世の中はまだ殺伐さつばつな遺風を多分にたたえている。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれの、近ごろの感懐かんかいというのは、つらつら殺伐さつばつな世のさまを眺めて、深く、こう考えさせられていることだった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殺伐さつばつな陣中のせいか、女武者の白い手は、よけいに美しく見えた。秀吉は、久しぶり、心までほぐれて、柔らかになった五体を、仮屋のうちへ運んだ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殺伐さつばつな男どもにも、春は人並な多情多感をそそるらしい。あちこちの若草にころがって、ここ、ちょっとぎれていた血臭い修羅場を忘れかけていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長門ながと海峡に、外国軍艦の砲撃を浴びてからよけい殺伐さつばつになった、この下ノ関では、町人や船頭までが、志士の風俗や言語を真似、今時、為永本ためながぼんの色男か
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
返答によっては、貴人の系門であろうと、座主であろうと、ゆるすまいとするような殺伐さつばつな空気が、四王院と静慮院の二長老を背後からあおりたてていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わしがみるところでは、世はいよいよみだれるだろう、いくさは諸国しょこくにおこってえないであろう、人間はますます殺伐さつばつになり、人情にんじょう美風びふうはすたれるだろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それといたずらに殺伐さつばつを好む癖は、二つの欠点であるとは常々、雲長からもよくいわれていることだった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
笠置かさぎ落ちや赤坂城の殺伐さつばつな筆に飽いたので、「群雀帖」の初めに、兼好法師の小僕の命松丸と雀のことなど書いたら、それから妙に私は雀が目につき出してきた。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉のこのことばは、殺伐さつばつなる列のなかへ、かえって、一場の和気わきと、笑いとを、かもし出し、やがて
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やあ、それではいかにも殺伐さつばつな人間のようで……」と、武骨に頭へ手をやったが、またうれしそうに
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殺伐さつばつで未開な人間が、武器をもって棲息しているというので——要するに彼は、毒をもって毒を制するため——宝蔵番には真向きな人物として、抱えられたのである。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やっ、出てうせたか」法師たちは、一応身を退き、その殺伐さつばつを好むまなざしを一斉に彼へあつめて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泥まみれな布直垂ぬのひたたれに、頭巾をちまきにむすび、肩や袖にはほころびをみせ、いかにも殺伐さつばつ風采ふうさいであるばかりでなく、その足どりには、何かに追われているようなはやさがあった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳥羽院の蝉折せみおりとか、小松殿の高野丸こうやまるとか、清原助種きよはらのすけたねが名をたかくした蛇逃じゃにがしの笛とか、ずいぶんの名器もあったらしいが、近ごろの殺伐さつばつな世間で、こんな笛を見たことは
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真っ黒な一けん廊下を、武蔵はいて行った。芭蕉ばしょうの葉が窓に見える一室に入って控えている。取次の羅漢の殺伐さつばつな動作をのぞけば、他はどう眺めてもただの寺院にちがいない。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
京都では、暮の二十九日、なんとなく殺伐さつばつな気のせない中にも、一どうの平和らしさが流れていた。尊氏の母堂やら妻子眷属けんぞくが、丹波から迎えとられて、都入りしていたのであった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女がいるという言葉が、忽ち、ふだんは冷寂れいじゃくな——今は殺伐さつばつな——この寺内に異様な衝動を起したらしい。番僧たちが、いり代り立ち代り、そののある部屋を覗きに来るのだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
町に女と子供の影が見えないので、淋しいのみか、ひどく殺伐さつばつである。太陽はらんとして、町の上にあるが、どこ一軒、商売をしている家もない。ただ夜半よなかのような風が往来を通ってゆく。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声としては出ない一種の殺伐さつばつ動揺どよめきが、その群れの上にみなぎりわたった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)