文箱ふばこ)” の例文
鯰入 いやいや、急に文箱ふばこの重いにつけて、ふと思い出いたわしが身の罪科がござる。さて、言い兼ねましたが打開けて恥を申そう。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多く作るのははし、箸箱、盆、膳、重箱、硯箱すずりばこ文箱ふばこなどのたぐいであります。ここでも仕事の忠実な品は美しさをも保障しております。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
淋しい橋の袂で深編笠ふかあみがささむらいが下郎の首を打ち落し、死骸の懐中から奪い取った文箱ふばこの手紙を、月にかざして読んで居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
然るに生憎あいにく横井は腸をいためて、久しく出勤しなかつた。邸宅の辺を徘徊はいくわいしてうかゞふに、大きい文箱ふばこを持つた太政官だじやうくわんの使がしきり往反わうへんするばかりである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「私はお茶道珍斎からこの文箱ふばこを持ってまいりました。どうかお取次ぎを願います」と、手に持った状箱を差出した。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「往生するもしないも、信仰一つじゃよ。そうじゃ、そなたの一生の行ないの書かれてある作善さぜん文箱ふばこをみせよう」
医者の文箱ふばこに入れてあったせいかして、なんとなく香蔵の日記に移った薬のにおいまでが半蔵にはなつかしまれた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下総しもうさの中田宿じゅくでございました」喜兵衛は旅嚢りょのうの中から文箱ふばこを取り出して、甲斐の前へ差出した。その手はふるえていた、「まず御書面をごらん下さい」
文箱ふばこをささげ、り足を早めて来るのは、奥と表の連絡係、お納戸役付きの御用人でしょう。退出するかみしもと、出仕の裃とが、肩をかわして挨拶してすぎる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と酒を取寄せ話をして居るうち灯火あかりを点けます時分になると、大津の銚子屋から手紙で、小さな文箱ふばこの中に石井山三郎様粥河圖書という手紙が届きました。
「この鳩に持たせる軽い文箱ふばこを、その白樺の皮でこしらえようとして、苦心していらっしゃるのでしょう」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私が大学でおすわったある西洋人が日本を去る時、私は何か餞別せんべつを贈ろうと思って、宅の蔵から高蒔絵たかまきえふさの付いた美しい文箱ふばこを取り出して来た事も、もう古い昔である。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呟きながらも宮川茅野雄は、文箱ふばこをあけて書面を出して、静かに文面へ眼を落とした。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
書いても書いても尽くされぬ二人の情——余りその文通の頻繁ひんぱんなのに時雄は芳子の不在をうかがって、監督という口実の下にその良心を抑えて、こっそり机の抽出ひきだしやら文箱ふばこやらをさがした。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
大場石見さっそくまかり出て受取るべきはずのところ、所労のため果し兼ねて、越えて今日、用人相沢半之丞を代理として差出し、御墨付を文箱ふばこに納めて持ち帰らせましたが、間違いはその途中
といって、紹由しょうゆうと光悦の前へ、うやうやしく文箱ふばこをさしおいた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金唐革きんからかわ文箱ふばこに、大切だいじそうに秘めてあった一通の手紙。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
鯰入 ここまで辿たどって、いざ、お池へ参ると思えば、急にこの文箱ふばこが、身にこたえて、ずんと重うなった。その事じゃ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亡き父が自慢にした絞りの床柱は、抜刀の斬り傷だらけ、違い棚にあった蒔絵まきえ文箱ふばこは、とうの昔に自炊の野菜入れになっているという侍女の注進である。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「私も、そう思って見ましたが、文箱ふばこがありません、どこにも合図らしいものがしたためてはありません」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
更けて治部少輔殿のお邸へ、何者とも知れず文箱ふばこを持参いたして参り、聚楽より参った者でござりますが、これから浅野弾正殿のお邸へ伺わなければなりませぬ
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
文箱ふばこの中から出ましたのは、艶書ふみの束です。奥様は可懐なつかしそうにそれをやわらかな頬にりあてて、一々ひろげて読返しました。中には草花の色もめずに押されたのが入れてある。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
采女は立ってゆき、反故ほご紙と、文箱ふばこを三つ持って戻った。それから、紙で短刀を巻き、三つの文箱へ入れてみたが、どれも長さが不足で、抜き身のままでなければ入らなかった。
その時はきっと「なぜああしらじらしい、とりすましたふうをしているんだろう。いま少し打ち解けてみせてもよさそうなものだ」と思う。郁治の手紙は小さい文箱ふばこにしまっておいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
とりわけ「金唐革きんからかわ」と呼ぶものが有名で、金泥きんでい色漆いろうるしを用い模様を高く浮き出させた鞣革なめしがわであります。草花や小鳥や獣などを美しくあしらいました。よく文箱ふばこや袋物などに見られます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
曲者は無理に振払おうとするはずみに文箱ふばこの太い紐に手をかけ、此方こなたは取ろうとする、の者は取られまいとする、引合うはずみにぶつりと封じは切れて、文箱のふたもろともに落たる密書
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「おゝ黒助、文箱ふばこを探してくれ」
『盲阿弥さん、文箱ふばこはあるかね』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それぞれ文箱ふばこに納めて、あて名を書いた紙をはり、使いのものに持たせてやるばかりにする。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と恭順は言いながら、黒く塗った艶消つやけしの色も好ましい大きな文箱ふばこを奥座敷の小襖こぶすまから取り出して来た。その中にある半紙四つ折りの二冊の手帳を半蔵の前に置いて見せた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白雪 お返事を上げよう……一所に——椿や、文箱ふばこをお預り。——みなも御苦労であった。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この三つのかごのうち、一つは飛騨ひだの平湯行、一つは信州の松本行、一つは尾張の名古屋行だが、これに持たせてやる文箱ふばこが無い、文箱が無くては、鏡山のお初でさえ困るだろうから
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
文箱ふばこに入って参りましたから、当人の悦びは一通りでございません、先ず請書うけしょをいたし、是から急に支度にかゝり、小清潔こざっぱりした紋付の着物が無ければなりません、紋が少しちがっていても宜い
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「いつも文箱ふばこの上に載っているあの文鎮を貸して頂きたいのです」
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふとどこともなく立顕たちあらわれた、世にもすごいまで美しいおんなの手から、一通玉章たまずさを秘めた文箱ふばこことずかって来て、ここなる池で、かつて暗示された、別な美人たおやめが受取りに出たような気がしてならぬ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
舎人は文箱ふばこを差出した。甲斐は自分でその箱をあけ、中から書状を取り出した。それは長いもので、ひろげると十尺に余るほどあり、紙面がまっ黒にみえるほど、細字でびっしり書きこまれてあった。
有「へい宜しゅうございます、文箱ふばこで」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
背負上しょいあげの緋縮緬ひぢりめんこそわきあけをる雪のはだ稲妻いなづまのごとくひらめいたれ、愛嬌あいきょうつゆもしっとりと、ものあわれに俯向うつむいたその姿、片手に文箱ふばこささげぬばかり、天晴あっぱれ風采ふうさい、池田の宿しゅくより朝顔あさがおが参ってそうろう
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)