とお)” の例文
「……何ですか蘭竹なんぞ。あなたの目はとおりました、女の乳というものだけでも、これから、きっと立派な文章にかけるんです。」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この人はどんな朗らかにとおるような空の下に立っても、四方から閉じ込められているような気がして苦しかったのだそうである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
透きとおるような鼻でしょう! 余程の名工がこしらえた人形か何かでない限り、赤ん坊の鼻だってよもやこんなに繊細ではありますまい。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つばから七、八分どころから引き気味に深く割りつけたので、生木を裂くらいのように、刀のは脳から肋骨あばらの何枚かまでとおって行った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細くてとおつたきいきいといふ鳴声を挙げる。「ほい畜生ちくしょう」と云つて平太郎はたくみに操りながら、噛みつかれないやうに翅をのばして避ける。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
こんな透きとおるような感じの女が、どう間違って伊丹屋の駒次郎などの思い者になっていたことか、平次には不思議でなりません。
百日の間に、参籠堂にこもって、夜な夜な霊ある滝に打たれてみた時には、信心のなきものもまた、冷気の骨にとおるものがありましょう。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
心中の深い苦悶が透きとおらんがばかり蒼褪あおざめた顔にありありと刻まれて、しかし殿下は身揺みゆるぎもせず、ただ一度二度深く頷かれた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
よくとおる、しかし意地の悪くない高笑いに追われながら、一目散いちもくさんに自分の部屋へんで、ベッドにころがり込むと、両手で顔をかくした。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
直接に先方に射込むようなよくとおる声でまッ直ぐに云った。よろこびが彼の顔にみなぎった。小皺こじわにかこまれた瞳がしっとりと湿って来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「さようさ」と云ったが太郎丸、いくばくか躊躇ちゅうちょの色を見せた。「男子の本懐と致しては、思い立った一念とおすが正当……」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、その液体の匂いであろうかそれとも鉢の花の匂いであろうか、こころよ牛蒡ごぼうにおいのような匂が脳にとおるように感じた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
外へ出て其処そこらを見廻しながら立っていると、まだ夜の気の彷徨さまようている谷の向う河岸や此方の林の中で、青蜩ひぐらしとおるような声で鳴き初めた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
お迎いお迎えという触れ声が外にしていて、七月十七日の朝のさわやかな風が、一夜のうちに姿をかえた少女の透きとおるような白い額をでていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「人の体も形が形として面白いのではありません。霊の鏡です。形の上にとおって見える内のほのおが面白いのです。」
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
感情と知性と誠実がすっきり透きとおるようにけ合えば夫婦親子は勿論、我子の嫁とも一切の他人とも愛し得られるものであろうと私は思っている。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
この大きな、古風な、どこかいかめしい屋造やづくりの内へ静かな光線を導くものは、高い明窓あかりまどで、その小障子の開いたところから青く透きとおるような空が見える。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
燃え狂う真紅のほのおしずまったかとおもうと、やがて、あの冷たい透きとおった不思議な焔がやって来た。飢餓の焔だ。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
流石さすがにそういう作品は、肉合とか、そういうものに神経がとおっているから死んだところがない訳で、父のものは父なりにちゃんと出来ているのである。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
既にその時すらも余程堪え難くなって来て長者の着て居った毛皮の着物を二枚も借りて着て居ってもなお夜分は随分寒気がはだえとおす位でありますから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
緑色にとおった小天地、白い帆かけ舟が一つ中にともした生命いのちの火のつゞく限りいつまでもと其おもてはしって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのとき、藤田家の門から、ひとりの肥えた逞しいからだつきの武士が出て来て、「なにをしているんだ」とよくとおる、ひびきの美しい声で呼びかけた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
生長後親類などの話で聞くと、それというが幾分か境遇の然らしめた所も有ったらしい——というのは、早く祖父に死なれて若い時から後家をとおして来た。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
苦しさに堪えかねて、暫時しばし路傍みちのべうずくまるほどに、夕風肌膚はだえを侵し、地気じき骨にとおりて、心地ここち死ぬべう覚えしかば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そして君たち二人は顔を見合って溶けるようにみかわす。寒さはしんしんと背骨までとおって、戸外には風の落ちた空を黙って雪が降り積んでいるらしい。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「人の体も形が形として面白いのではない。霊の鏡です。形の上にとおって見える内のほのおが面白いのです。」
と清い清い澄みとおるような声で唱い出されたのが聞えた。もとより聞えるはずが有ろう訳は無いのであるが。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
医者の声は低かったが、みんなの耳によくとおった。次郎は、半ば開いたお祖父さんの眼をじっと見つめながら、死が何を意味するかを、子供心に考えていた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しかし生きてはいたが、私はちょっと見たところ、その裂傷は、骨まではとおってはいないものだと思った。
骨までも文化がとおっている。東海岸の国土、たとえばモザンビクの海岸においても状態は同じであった。
アフリカの文化 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
次は、肉を刻み油でいため、蕃荷菜はくかをかけたものだ。これも、乙である。その次は、テキである。これは硬くて歯がとおらなかった。カツも出たが、カツも同様だ。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
それでいながら、たとえば、舷側げんそくきあがり、渦巻うずまき、泡だっては消えてゆく、太平洋の水のとおる淡青さに、生命もらぬ、と思う、はかない気持もあった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
春の朝は心地ここちが好い。日がうらうらと照り渡って、空気はめずらしくくっきりととおっている。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その霧をとおして、月のあかりが水色にしずかにり、電信柱も枕木まくらぎも、みんなしずまりました。
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
事理のとおった退引のっぴきならぬ青年の問に、母が何と答えるか、美奈子は胸をふるわしながら待っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
更に日をると、皮膚は薄膜のやうに透きとおりはじめた。学校の実験室で見たまゆの透きとおりを思はせた。明子はねばねばした幼児の四肢がそこに透いて見えるのを想像した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
この音がまた感慨無量である。「ちゃん」と鳴ると鹿山の静かな天地に響きわたる、そうして無字で苦しんでおる胸の底へえぐるようにとおって行く、その時の心持は何とも云えぬ。
鹿山庵居 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
格言を意訳すると「決心はいわおでもとおす、我々が一緒になれぬことがあろうか」となる。
三度まで射たる故にや依りけん、この矢眉間の只中ただなかとおりて、喉の下まで、ぶくら責めてぞ立ちたりける、二、三千見えつる焼松も、光たちまち消えて、島のごとくにありつる物
その寒い、鋭い音響が私の骨の髄まで沁みとおって、又も気が遠くなりかけたところへ、私の背後の月の下からオドロオドロしい靴の音が湧起って来たので、私は又ハッと気を取直した。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
見ればまっさおになった女は下唇したくちびるを噛んだなり、神父の顔を見つめている。しかもその眼にひらめいているのは神聖な感動でも何でもない。ただ冷やかな軽蔑けいべつと骨にもとおりそうな憎悪ぞうおとである。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
段々中二階の方へくから、孝助はいよ/\源次郎に違いなしとやりすごし、戸の隙間すきまから脇腹を狙って、物をも云わず、力に任せて繰出くりだす槍先はあやまたず、プツリッと脾腹ひはらへ掛けて突きとおす。
そのとき身体中にしんとしたある不思議な寒さが、骨の髄までとおってくるような気がしたそうです。しかもその最後に見た障子の内のかげはまるで鼠の尾のような細い、鋭い影だったそうです。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「防弾チョッキを着てやがるんだ。生命には別条ない。昨夜彼奴の防弾チョッキを見たが、君の呪いの弾丸が二発鋼鉄はがねの上に浅い凹みを造っていたぜ。もしとおりぬけりゃ、心臓を射留めたろう」
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そけくも底力ある、あやしい調べが、忍びやかに脳底に刺しとおる……
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
用ゆる時は鉄網てつあみの上へ魚を載せて今のサラダ油とバターとをかわがわる匙でたらしながら火のとおるように焼きます。もしや魚のあぶらが火へ落ちて燃え上ったらば塩を少し火の中へ入れると燃えがみます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
冬の夜、戸を開くとそれが聞こえないことはめったになかった。ホーホーホー、ホーラーホー——よくとおる声で初めの三綴はハウ・ダー・ドゥー(御機嫌いかが)のアクセントにいくらか似ていた。
それは、鼻の奥に痛いような、とおった感じのするものであった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それは透きとおったヴェネチアの玻璃ビイドロ
沼尻の川なので、浅そうにとおっては見えるけれど、底泥土そこどろがやわらかで、仮橋から墜ちた子供などが、何人もそこでは死んでいた。
下頭橋由来 (新字新仮名) / 吉川英治(著)