妄執もうしゅう)” の例文
急がずにその道を御研究になることになさいまして、そのほかの方法で故人の妄執もうしゅうを晴らさせておあげになることをなさるべきです。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
水星がネットリと粘っている。何んだこの眼は! うなされているようだ! ああ可哀そうにこの侍、妄執もうしゅうを払うことは出来そうもない。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それはとらわれの繩を解かれたような、妄執もうしゅうがおちたような、その他もろもろの羈絆きはんを脱したような、すがすがしく濁りのない顔に返った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もうそこには死生を瞑想めいそうして自分の妄執もうしゅうのはかなさをしみじみと思いやった葉子はいなかった。我執のために緊張しきったその目は怪しく輝いた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「まだ迷いの夢がさめぬかッ。早乙女主水之介、恐れながら祖師日蓮に成り代り奉って、妄執もうしゅう晴らしてくれようぞ」
人相書も付随しているので、一時警視庁は、それに該当がいとうする人物の探査に全力を傾注けいちゅうした。モスコーの犯人の動機は、宗教上の狂信的な妄執もうしゅうからだった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
本能というか、愛というか、われながら分らない妄執もうしゅうがつのっている。——いや、その妄執の真のすがたは、この子にあるのではなく、お袖にあるのであろう。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このまま御主君の妄執もうしゅうも晴らさずにおいては、家中の者の一分いちぶんたずと、御城代大石内蔵助様始め、志ある方々が集まって、寄り寄り仇討の相談をなされた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「拙者は竹腰藤九郎たけのこしとうくろうでござる、おしるし頂戴ちょうだいして、先君せんくん道三入道殿にゅうどうどの修羅しゅら妄執もうしゅうを晴らす存念でござる」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
役人に引渡された怨みをべ、この妄執もうしゅうを晴らすため、成瀬屋の者を一人一人、残らず殺してやる、といった凄まじいことが、少しくどい調子で書いてあるのです。
よしや我身の妄執もうしゅうり移りたる者にもせよ、今は恩愛きっすて、迷わぬはじめ立帰たちかえる珠運にさまたげなす妖怪ようかい、いでいで仏師が腕のさえ、恋も未練も段々きだきだ切捨きりすてくれんと突立つったち
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこには死人の恐るべき妄執もうしゅうが、如何なる名画も及ばぬ鮮かさを以て、刻まれているのだ。何人なんぴとも一目見て顔をそむけ、二度とそこへ目をやろうとはしない程であった。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
恐ろしきまなこを見張り、「爾は昨日黒衣がために、射殺されたる野良犬ならずや。さては妄執もうしゅう晴れやらで、わが酔臥えいふせしひま著入つけいり、たたりをなさんず心なるか。阿那あな嗚呼おこ白物しれものよ」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
俗物源十郎の妄執もうしゅう、炎火と燃えたってついにお艶におよばないではおかないのであろうか?
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すべて、それが魔法なので、貴女を魅して、夢現ゆめうつつきょうに乗じて、その妄執もうしゅうを晴しました。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「さあ、どうぞ、これへお越しやして、朝霧の妄執もうしゅうのために一片の御回向ごえこうを致し下さいませ、重清がためにもこの上なき供養となりまするのでござります、いやもう御奇特なことで」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
また同時に、オリヴィエの思い出、オリヴィエの死から来る絶望の念、満たされ得ない創作の妄執もうしゅう、虚無の深淵しんえんの前に荒立つ自負心、などもあった。あらゆる悪魔が彼のうちにあった。
トルストイやゲーテのように、中年期を過ぎてまでも、プラトニックな恋愛を憧憬しょうけいしたり、モノマニアの理想に妄執もうしゅうしたりするような人間は、すくなくとも僕らの周囲にはあまりいない。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
残念さ、嫉視しっしねたましさ! すべての悪の根源をなす修羅しゅら妄執もうしゅうであったろう。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
阿難 ——苦なるかな。苦なる哉。わたしはついに妖術に縛られて生ながら青銅の像となる。この生恥いきはじはまだ堪えよう。出家の身として、衆生しゅじょうの眼へ逆に妄執もうしゅうの姿となって永劫に留まることの恐ろしさ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「何というだらしないこと、ここまで来て未だに妄執もうしゅうがつきぬとは」
いつかはまたもっと手ひどく仇を受けるじゃ、この身終って次のしょうまで、その妄執もうしゅうは絶えぬのじゃ。ついには共に修羅しゅらに入り闘諍とうそうしばらくもひまはないじゃ。必らずともにさようのたくみはならぬぞや。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それはとらわれのなわを解かれたような、妄執もうしゅうがおちたような、その他もろもろの羈絆きはんを脱したような、すがすがしく濁りのない顔に返った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
子としての道を歩もうとすれば、母親の臨終いまわ妄執もうしゅうを未来永劫えいごうくことが出来ず、浮かばれぬ母親の亡魂をいつまでも地獄へ落として置かねばならぬ
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……何のために今まであってないような妄執もうしゅうに苦しみ抜いてそれを生命そのもののように大事に考え抜いていた事か。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あるいは、その妄執もうしゅうが妖星となって、こうして迷い歩いている、私にいて廻っているかも知れない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四十年の恨みを、俺の父と母とのあの血みどろの妄執もうしゅうを、今こそはらすことが出来たのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
去年三月殿中において高家の筆頭吉良上野介にりつけ、即日切腹、お家断絶となった主君浅野内匠頭の泉下の妄執もうしゅうを晴さんために、昨夜吉良邸に乗こんで、主君の仇上野介の首級しるしを揚げ
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
五位鷺ごいさぎ飛んで星移り、当時は何某なにがしの家の土蔵になったが、切っても払っても妄執もうしゅう消失きえうせず、金網戸からまざまざと青竹が見透かさるる。近所で(お竹蔵たけぐら。)と呼んでおそれをなす白壁が、町の表。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのような無稽むけいな申し立て、此処では通らぬぞ、察するにその方、僧侶の身にあるまじき殺生せっしょうを犯した故、死者の妄執もうしゅう晴れやらず、それへとどまっておるに相違あるまい、ところの法に照らして所刑しおきする
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
少し血に汚れているが、洗いきよめて旧主芸州侯におかえし申上げ、せめて亡き父上の妄執もうしゅうを晴らしたいと、それは誰はばかる者もなく持ち帰り、本日はこれから、霞ヶ関御屋敷に参上するところであった
自分を縛っているこの妄執もうしゅうを断ち切らなければ、この状態からぬけだすことはできない。これが足掛りだ、と彼は心をきめた。
古今集巻之五 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
兄さん、兄様、ただ一言謀反やめると云うてくださらぬか! このまま死んでは妄執もうしゅう残り、臨終いまわの妄執は五百生、生き代わり死に代わり未来永劫えいごう浮かぶせないと申します。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
権力けんりょくや栄花に妄執もうしゅうした貴族心理は、われら庶民の理解には、遠すぎて、えんなきもののようですが、次に、地下ちげから擡頭たいとうした新興勢力の平家一門も、また源氏の野人も、次々に
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
り固った五十年の妄執もうしゅうが、生命なき髑髏どくろを歩かせたのであろうか。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
妄執もうしゅうのすさまじさといったものが、おくにの表現がむぞうさであるだけよけいに、まざまざとあらわれているように思えた。
ややもすれば、このごうが煮えたぎるように、そなたの体のうちへも、道誉という男をきつけねば、一生、妄執もうしゅうは晴れやるまい。藤夜叉、これほど男からいわれたら、もう眼を
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生々世々浮かぶ時なく悲しいことではござんせぬか! 兄一人妹一人他に親も親戚みよりもないのはこういう時には何より幸い、この世に残る妄執もうしゅうもなく、笑って死んで行けまする。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「若い者といっしょに風呂へはいると肌が若くなるんだそうだ、誰かに聞いたもんだから、早速ためすつもりさ、あの年になってまだそんな妄執もうしゅうがあるんだから」
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
常に常に、剣にたのみ剣に迷い剣に執着しておられる。それに反して、伊勢守はとくより剣を捨てておる。剣は持てど、剣にたのまず、剣に妄執もうしゅうせず、無刀の心をもって、体としておる。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそらく修羅しゅら妄執もうしゅうも、これで晴れたことでございましょう。……では、どうして敵と出会い、どんな具合に討ち止めたか、お話しすることに致します。なかばは偶然でございました。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それはやがて、妄執もうしゅうのごとき信念となり、かれみずから、おのれを壮士なりと確信させた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この桧垣ひがきの家を中心に、上皇は下淫げいんを愛し、かれは上淫じょういん妄執もうしゅうしていたかたちだった。朝に夕につけまわし、覚然はついに悪僧の本領をあらわして、暴力による思いをとげてしまった。
奪い、一つには我らの先輩ともいうべき、慶安義挙の人々の、修羅の妄執もうしゅうを晴らすがよく、二には我らが義党の多数を、生け捕りいたした暴状への返報、これを致すがよろしゅうござる!
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すでに一命のないところを、こうして助けていただきながら、なお勝手な妄執もうしゅうざくようですが、毛家のおやじと、せがれの毛仲義、あいつら親子を思い出すと、どうでも腹がおさまりません。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
臨終いまわ妄執もうしゅう五百生
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)