双眸そうぼう)” の例文
旧字:雙眸
磨きあげたような小麦色の肌、切れ長の澄みとおった双眸そうぼうつやつやと余るような髪を武家風に結った、二十ばかりの美しい女である。
明暗嫁問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つばの広い帽子の下で、双眸そうぼうがはれやかにまたたき、さわやかな風に頬をなぶらせ、夫人はまるで別人のようにはしゃいでいるのだ。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ぼくはこんなことを考えながら望遠鏡をとって東のほうを熱心にながめた、双眸そうぼうのふるかぎりはただ茫々寂々ぼうぼうじゃくじゃくたる無辺むへんの大洋である。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
不可思議なる神境から双眸そうぼうの底にただようて、視界に入る万有を恍惚こうこつの境に逍遥しょうようせしむる。迎えられたる賓客は陶然とうぜんとして園内に入る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日本の治この時に候ふ——という文言を吐いたとき、秀吉の双眸そうぼうは、まったくその折のもののように、けいとして見えた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幼にして精敏、双眸そうぼう烱々けいけいとして、日に書を読むこと寸にち、文をすに雄邁醇深ゆうまいじゅんしんなりしかば、郷人呼んで小韓子しょうかんしとなせりという。其の聰慧そうけいなりしこと知る可し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この手紙ができましたならば、夫人よ、御身に対して自分のユーザ・サヨ・サマーレを伝えて欲しいと、美しき双眸そうぼうに涙をたたえて、ロゼリイス姫が申していられます。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
日頃の柔和さとはガラリ変った態度、色白の顔にほんのり血の気がさして、大きくみひらいた双眸そうぼうには犯し難い威力と殺気がひらめいていた。
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「あら、いらっしゃい!」たちまち、美和子は何事もなかったような朗らかさに返って、明るい双眸そうぼうに一杯の微笑みをたたえて
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大小二剣の尺と、両腕をいっぱいにひろげた尺とを合わせると、彼の爛々らんらんたる双眸そうぼうを中心として、かなり広い幅になる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
双眸そうぼうの奥から射るごとき光を吾輩の矮小わいしょうなるひたいの上にあつめて、御めえは一体何だと云った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
射止めるようなはげしい双眸そうぼうの光りが示すように、極端に世間と人を疑いおそれていたが、それさえ暫くは忘れはてた様子だった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
星を見——雲を見——風を仰ぎ——そして地上の人間が描く修羅遊戯の種々さまざまな事象に、じっと、いつも、不審をだいて考えこんでいるような彼の双眸そうぼうであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高い鼻、への字なりの唇、小さいが澄んでよく光る双眸そうぼう。すべてが堂々として威圧的で、しかも人間味ゆたかな感じであった。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何か、血のしたたりそうな丸い物を小脇に抱え、しかも、ふと振り向いた西門慶の眼とぶつかった彼の双眸そうぼうは、なんとも名状しがたい復讐の殺気に燃えていたのだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
康継はこう云って脇息のひじを起こした。たくましい頬に血がのぼり、ちからのある澄んだ双眸そうぼうがいっそう光りを増すようにみえた。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし短檠たんけいの光に照らされたその風貌ふうぼうをみるに、色こそ雨露うろにさらされて下人げにんのごとく日にやけているが、双眸そうぼうらんとして人をるの光があり、眉色びしょくうるしのごとく
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘のように赤く、ふっくらと湿っている唇がゆがみ、はっきりとした紛れのない双眸そうぼうに、貪婪どんらんな、ぎらぎらするようなあぶらぎった色がうかんだ。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
具足はつけているがかぶとはいただいていない。鉢巻から逆立つ乱髪は一炬いっきょほのおのように赤ッぽく見え、その大きな双眸そうぼうの光と共に、いかにも万夫不当ばんぷふとうのさむらいらしく見えた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
互いの双眸そうぼうはしかとみ合って、さながら空中に線を結ぶかと思われるようだった。そのまま時が経っていった。どちらも微動もしなかった。
薯粥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
双眸そうぼうの中を、にじが走っているように、殺気の光彩が燃えている、相手を射竦いすくめんとしている。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上杉輝虎うえすぎてるとらは、けいけいたる双眸そうぼうでいち座を見まわしながら、大きく組んだよろい直垂ひたたれひざを、はたと扇で打った。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
無銘むめい皓刀こうとう、ふたたび、八相の天に振りかぶって、双眸そうぼうらんらん、四面に構えた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
極めて色が白く、肌のこまやかな瓜実顔うりざねがおで、薄くひき緊った唇が紅をさしたように赤く、黒眼の大きな双眸そうぼうは、いかにも賢そうな、澄んだ光をたたえていた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それもそのはず、葉れをそよがしつつ、のそ、のそ、と巨大な身躯しんくに背うねりを見せながら近づいて来る生き物がある。満身は金毛黒斑きんもうこくふ、針のごとき鼻端びたんの毛と、鏡のような双眸そうぼう
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
非常な衝動を受けたもののように、甲斐の顔はするどくひき緊り、双眸そうぼうは前方の一点をみつめて動かなかった。
鋭い双眸そうぼうをもった男の悪相! ギラリと、お綱を睨むようにかすって消えた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
色の黒い、中肉の緊った顔つきで、切っそいだような輪郭の正しい頬と、おっとりしていながら底光りを湛えた双眸そうぼうに、どこやら人を圧するものが感じられる。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、そのまま異様なまでに、彼のらんらんたる双眸そうぼうは、次第に雨雲のような掻き曇りを見せ、あわや、この不敵無双な男が、いまにも泣き出すかと思われるばかりに顔のすじをひッつらせた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
骨組もあまりたくましくはないが、高くて広い額と、やや大きめな唇許と、それから深い光を湛えている静かな、澄んだ双眸そうぼうが、いかにも意志の強さを表しているし
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
澄みきった双眸そうぼうがあたりへ動いた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれの面上には火がついたように闘志が燃え、双眸そうぼうがにわかに殺伐な光を放ちだした。「……こいつは本気だ。こいつは骨がある。よし、相手になってやろう、抜け」
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
上唇のわきに、かなり大きなほくろがあるのと、極めて個性のつよい双眸そうぼう(彼はかつて一度もそういう眼を見たことがなかった)その二つが半之助の眼にきついた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
濃い眉とするどい双眸そうぼうに、いま烈しい怒りがあらわれてい、脂肪のにじみ出る頬は赤く染っていた。
彼は(無役になってから)かなり肥えて、頬もまるくなり、まぶたがはれぼったくなっている。しかしそのはれぼったい瞼の下の双眸そうぼうは、さえた、するどい光りを放っていた。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
妹の肩を抱寄せた銀之丞、万感を双眸そうぼうめて、無言のまま三樹八郎の顔を仰見るばかり、——どんなにうれしいか、三樹八郎にはよく分る、父の命をけた三年の辛苦がむくわれたのだ。
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
よみがえってくる感動をそのまま伝えたいというように、双眸そうぼうをうるませながら云った
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老人は衰えた双眸そうぼうに感動の色をあらわしながら、じっとお留伊の眼をみつめた。
鼓くらべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うるみのある深い双眸そうぼう、朱の唇がつややかに波を描いて、つつましく見上げる美しい表情、——似ている、不思議なほど似ている、ひと眼見た刹那には、亡き妻が生き返ったかと疑ったくらい
おもかげ抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分の視線で杢助の双眸そうぼうを射抜いて微動もさせぬという睨み方であった。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いまその顔は怒りのためにゆがみ、双眸そうぼうは殆んど逆上の色を帯びていた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
娘たちは松尾の上気した頬や、涙を湛えた双眸そうぼうをみてびっくりした。そして自分たちのはしたなさに気づくよりも、にわかに新しい興味をそそられたようすで、互いに眼を見交わしながら囁きあった。
石ころ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
熒々けいけいと光りを放つ双眸そうぼうも、すべてがたくましい力感に充ちあふれていた。
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
涼しく澄みとおった双眸そうぼう、鼻も口も耳も頬も、雑作ぞうさくのすべてが選りぬきの資材と極上の磨きでととのえられている、しかも潤沢な水分と弾力精気に充満した肉躰、駘蕩たいとうとしてしかも凛然りんぜん典雅なる風格