不機嫌ふきげん)” の例文
かくてクリストフは、それらあわれな人々の喜びをそこなってしまうのだった。彼らには彼の不機嫌ふきげんなわけが少しもわからなかった。
不機嫌ふきげんに仰せられて宮は横になっておしまいになった。夕霧の手紙は宮の御迷惑になるようなことを避けて書かれたものであった。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
る正月初めの一日だつた。私は二日ほど家をあけた後で、夕方になつてから、ぼんやり家へ帰つた。云ふ迄もなく母は不機嫌ふきげんだつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
「どうだっていいよ、そんな事は。僕は不機嫌ふきげんになった。君もそんな固くるしい言いかたをするという事を、はじめて知ったよ。」
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
それで一緒に室の中に坐るという事がすくなかった。そういう状態が一月し、二月するうちに、笠原は眼に見えて不機嫌ふきげんになって行った。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「よかないわ。貴方あなた不機嫌ふきげんになられて、ダンスを見る気分も壊れてしまったわ。だからお誘いしたら素直に来て下さるものよ。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし、トムきちが、真物ほんものどおりの相場そうばで、正直しょうじきったとると、たちまち、主人しゅじんかお不機嫌ふきげんわって、おこしました。
トム吉と宝石 (新字新仮名) / 小川未明(著)
僕はこの芸術家たちを喧嘩けんかさせては悪いと思い、クラバックのいかにも不機嫌ふきげんだったことを婉曲えんきょくにトックに話しました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
不機嫌ふきげんそうに勝手の間の入口に立って、何ですと慳貪けんどんに問懸けるを、秋元の女房は下から上へじろりと見て、お坐んなさいと自分の座を少しさがり
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
シューラはいつも不機嫌ふきげんな時によくするくせで、ちょっと顔をしかめながら、さもしゃくだというような調子ちょうし
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
と、夫人は、いつに似げなく鞏固きょうこに、忠興の不機嫌ふきげんが納まるまで、手をつかえたきり哀願をやめなかった。
首領はわれがねのような声で怒号どごうした。これは四馬剣尺の不機嫌ふきげんなときの特徴である。そんなときにうっかりさからうと、毒棒どくぼうの見舞いをうけるおそれがある。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
口をあけかかつた瞬間しゆんかん、平次の冷たい眼にであふと、急にどなる元気がなくなつて、「もういいからあつちへ行け。」と相手に不機嫌ふきげんさうにいふのでありました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
古代の人のような帽子ぼうし——というよりはかんむりぎ、天神様てんじんさまのような服を着換えさせる間にも、いかにも不機嫌ふきげんのように、真面目まじめではあるが、いさみの無い、しずんだ
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ところが或日あるひのこと、自分の生んだ子の子良しりやうが来て、おつさんはぜいつもそんな不機嫌ふきげんな顔をしてゐるのですか、ときますから、実はわたしはお隣りのすけさんや
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
支那人のボオイはますます仏頂面ぶっちょうづらをしだして、その男のために中央の円卓子の上を不機嫌ふきげんそうに片づけ始めた。それを見ると私はなんだか急に微笑がしたくなった。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
紳士の不機嫌ふきげんが、クルミさんの心を鞭打むちうったのだ。が、そればかりではない。もう一つ大きな理由があったのだ。クルミさんは、紳士の右手を、はじめて見たのである。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
日本人の知人を訪問しても、洋風の応接間などに通されると、帰ってからもはなは不機嫌ふきげんであった。
いそいそとした蝶子を見るなり「阿呆やな、お前の一言で何もかも滅茶苦茶や」不機嫌ふきげん極まった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
婆やとかはる/\いて見ると、鷹雄といふ男は、これは又、実に気六つかしいらしい。気が向くと、朝から晩まで論文の原稿を書く、それがうまく行かぬと不機嫌ふきげんになる。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
プルチネッラがすっかり不機嫌ふきげんになっているときでも、コロンビーナだけはこの男をほほえませることのできる、いや大笑いをさせることのできるただひとりの人でした。
まだ未練気にそう云ってる不機嫌ふきげんの教授に訣れを告げて、復一は中途退学の形で東京に帰った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「君はあまり他人の援助を求めすぎる」と、僧は不機嫌ふきげんそうに言った。「そして特に女にだ。いったい、そんなのはあてにならぬ援助だということがわからないのかね?」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
これは一つは唯継事ただつぐこと近頃不機嫌ふきげんにて、とかく内を外に遊びあるき居り候処さふらふところ、両三日前の新聞に善からぬ噂出うはさいで候より、心配のあまり様子見に参られ候次第にて、其事に就き私へ懇々こんこんの意見にて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「云ひません。」彼れは彼れ独特なそして極く秘密な闇の観照を私から発見された事にひどいはぢらひを感じてゐるらしく、その羞らひは彼れの心を多少とも不機嫌ふきげんへと転じた如くであつた。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
それから、その弱々しいなかにも何か訴えを含んでいる声にひきつけられて、彼は妻の枕頭ちんとうにそっと近寄ってみた。妻の顔は昨夜からひきつづいている不機嫌ふきげん苛々いらいらしたものをたたえていた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
ベロヴゾーロフは、軍服のボタンをきちんとかけて、真っ赤な顔をして、不機嫌ふきげんすみの方にすわっていた。マレーフスキイ伯爵はくしゃく華奢きゃしゃな顔には、なんだか不気味な微笑びしょうが、絶えずただよっていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
仕掛るに隱居は兎角とかく不機嫌ふきげんゆゑ手持不沙汰てもちぶさたに其日は立歸たちかへりしが彦兵衞は如才じよさいなき男なれば偖佐竹樣のかつた所をよろこまけた所をいやがるは何かいはれ有るべしと思ひ翌日よくじつは馬喰町の米屋へ立寄たちより小間物を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
めづらしいこと此炎天このえんてんゆきりはせぬか、美登利みどり學校がくかうやがるはよく/\の不機嫌ふきげん朝飯あさはんがすゝまずば後刻のちかたやすけでもあつらへようか、風邪かぜにしてはねつければ大方おほかたきのふのつかれとえる
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
すっかり不機嫌ふきげんになっている母親の代りに父親の肩によりすがろうとする大人びた仕草しぐさが、よしんばそのときかぎりの偶然の思いつきであったとしても、私の心には犇々ひしひしと迫るものがあった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
夫はひどく不機嫌ふきげんな顔つきで云ったが、それきり黙り込んでしまったので、幸子には夫が何を考えているものとも分らなかった。が、十月の中旬に、夫が又二三日上京したことがあったので
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「それは面白い」と思わず手をった。すると兄は案外不機嫌ふきげんな顔をした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時雄は黙ってこの嬌態きょうたいに対していた。胸の騒ぐのは無論である。不快の情はひしと押し寄せて来た。芳子はちらと時雄の顔をうかがったが、その不機嫌ふきげんなのが一目で解った。で、すぐ態度を改めて
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
現に定雄は、千枝子と自分との間に挟まれて、不機嫌ふきげんそうにとぼとぼ歩いている子の清の足つきを見ていると、いつまで二人の歩みにつづいて来られるものかと、絶えず不安を感じてならなかった。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
家内中寄集よりこぞりて、口をほどいて面白そうに雑談ぞうだんなどしている時でも、皆云い合したように、ふと口をつぐんで顔を曇らせる、といううちにも取分けてお政は不機嫌ふきげんていで、少し文三の出ようが遅ければ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
玉目三郎は幾らか不機嫌ふきげんに、背を向けている人夫を呼んだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
始終しよつちゆうからかひましたの。でもそれはいゝ人で、どんな事でも我慢して、ちつとも怒るなんてことはありませんでしたのよ。私たちにだつて決して不機嫌ふきげんになぞなりませんでしたわ。さうだつたわねえ、ルヰザ?
不機嫌ふきげん春重はるしげかおは、桐油とうゆのように強張こわばっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
私の不機嫌ふきげんのとばっちりをうけるようになった。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
と照彦様は急に不機嫌ふきげんになってしまった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
加ふるに寝冷えをしたる不機嫌ふきげん
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし頭は禿げ、身体は肥満し、顔色は黄色く、眠そうな様子をし、下唇は少したれ下がり、退屈そうな不機嫌ふきげんな口つきをしていた。
「つくしは、いないよ。ついさっき、事務所へ行った。」と答えてやったら、急に不機嫌ふきげんになり、言葉まですこぶるぞんざいに
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
守は自分の家へ時々出入りするとは聞いているが、前へ呼んだこともない男が、何の話をしようとするのであろうと、荒々しい不機嫌ふきげんな様子を見せたが
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それが素戔嗚尊すさのおのみことには腹も立てば同時にまた何となく嬉しいような心もちもした。彼は醜い顔をしかめながら、ことさらに彼等をおびやかすべく、一層不機嫌ふきげんらしい眼つきを見せた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
若林は不機嫌ふきげんそうに言ったが、お神はあの翌朝晴子が親のうちへ行ったことを、春よしのお神から聞いていたので、じきに察しがつき、若林の顔に暗示的な目を注いだ。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
不機嫌ふきげんに、急にだまり合ったまま雑夫の穴より、もっと船首の、梯形ていけいの自分達の「巣」に帰った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そのがたになると、そと出歩であるいていた乞食こじきらがみんなもどってきました。あばたづらは、たいそう不機嫌ふきげんかおつきをしてかえってくると、少年しょうねんかっていいました。
石をのせた車 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうして最初に沈黙を破ったのは、それまで私のために気づかって、かえっていつまでもそれを気にしすぎていることで一層私を不機嫌ふきげんにさせていた、不幸な少女の方だった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
博士は何となく不機嫌ふきげんに、盃をがちゃんと台の上に置いて