“鯉角(りかく)” の例文
津藤(つとう)即ち摂津国屋(つのくにや)藤次郎(とうじろう)は、名は鱗(りん)、字は冷和(れいわ)、香以(こうい)、鯉角(りかく)、梅阿弥(ばいあみ)等と号した。その豪遊を肆(ほしいまま)にして家産を蕩尽(とうじん)したのは、世の知る所である。文政五年生(うまれ)で、当時四十歳である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
藤次郎は子之助時代に鯉角(りかく)と号し、一に李蠖(りかく)とも署していたが、家を継いだ後、関為山(いざん)から梅の本の称を受け、更に晋永機(しんえいき)に晋の字を貰い、自ら香以と号し、また好以、交以、孝以とも署した。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)