爪先つまさ)” の例文
僕は改札口の傍で爪先つまさき立ち、君を捜した。君が僕を見つけたのと、僕が君を見つけたのと、ほとんど同時くらいであったようだ。
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)
道が爪先つまさき上りになった。見れば鉄道線路の土手を越すのである。鉄道線路は二筋ともびているので、滅多に車の通ることもないらしい。また踏切の板も渡してはない。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのへんからもう下り道になってもよさそうな時分だのに、いつまでもそれが爪先つまさき上りになっていて、私たちはその村の中心からはますます反対の方へ向いつつあるような気がしてきた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それから、爪先つまさき立ちで戸口へ近づき、ドアをそっとあけて、下の階段に聞き耳を立てた。彼の心臓は恐ろしいほど鼓動した。けれど階段は、誰も彼も寝てしまったように、しんとしている。
色あくまでも白く、鼻がつんと高くて、眼許めもとすずしく、いかにもいい男だ。けれども少し爪先つまさき立っておしりを軽く振って歩く、あの歩き方だけは、やめたほうがよい。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今では魚屋や八百屋やおやばかりになった狭苦しい南京町ナンキンまちを肩をすり合せるようにして通り抜けたりしたのち、今度はひっそりしたほとんど人気のない東亜通りを、東亜ホテルの方へ爪先つまさきあがりに上った。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
れいの爪先つまさき立っておしりを軽く振って歩く、あの、音楽的な、ちょんちょん歩きをして自分のベッドに引き上げて行き、僕はそれを見送り、どうにも、かなわない気持であった。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)