“清和(せいわ)” の例文
頼政殿は、清和(せいわ)源氏の嫡流(ちゃくりゅう)で、武芸はもとより、文武両道に優れた得難いお人、かつて近衛院の頃、お歌会で、深山(みやま)の花という即題に
その始めて鷲津氏を以て姓となしたのは清和(せいわ)天皇貞観(じょうがん)五年八月大領司に補した好蔭(よしかげ)なるものより三世の孫俊行(としゆき)というものからであるらしい。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おなじ武門といっても、清和(せいわ)、桓武(かんむ)の二系列このかた、大略、源平二氏の武族があり、旗幟(きし)も紅白にわかれて、あまねく、ひとつ地上を、ふた色に住んでいます。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
公卿(くげ)と僧侶と武士と遊女との、乱痴気騒ぎを眺めながら、廊に近い席に坐っているのは、土岐頼兼の一族で、清和(せいわ)源氏の流れを汲んだ、北面の武士の一方の将、土岐蔵人頼春であった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
清和属二首夏一 清和(せいわ)は首夏(しゅか)に属(ぞく)す
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)